「素麺とめんつゆを買い物カゴに入れながら」
夏が待ち遠しかったのも、楽しかったのも、子供の頃だけだ。
長く怠惰な夏休み。
宿題はあるが、毎日毎日学校に通わなくてもいい日々。
今から思えば、あの有り余る時間を何故あんなにも堕落した生活で無駄にしていたのだろうと思う。もっと勉強していれば。その後悔があるから、大人は子供に余計なアドバイスをしてしまうのかもしれない。
大人になった今、夏はただ暑いだけの日常。
しかも、私にはお盆休みもないのだ。
いや、もとより主婦業は年中無休であるが。
あぁ、今年もまた、昼食のメニューに悩まされる日々がやってくるのね……
「ええ〜そうめん飽きたぁ」
「暑いからラーメンやだー」
「ジュース飲みたいぃー!」
ひたすら過ぎ去るのを待つしかない季節が、来ようとしている。来なくていいです。帰ってください。
────夏
「異世界転移はお断りします」
「そういえばさー、異世界転移した後って、元いた世界では行方不明ってことになるよね」
「まぁ、そうなるね」
「異世界転移した人が賃貸に住んでた場合、貸してる方的には行方不明になられると、迷惑でしかないんだけど」
そういえば彼女の親戚がアパートの大家さんやってると言っていたことがあったな……
「勝手に荷物処分とか出来ないし」
思わず通信端末で「賃貸 行方不明になった」で検索。
「あー、俺異世界転移無理だわ」
「私も。スマホ使えないなんて耐えられないし。それにこっちには推しがいるし!」
そこは、彼氏がいるから、って言ってほしかったなぁ。うん……
────ここではないどこか
「歌は記憶の扉を開く」
ある有名シンガーソングライターの歌がラジオから流れると、君のことを思い出す。
自分たちの親よりも年上のシンガーソングライターの歌がどんなに素晴らしいかを友人たちに語っていた君。
「シブい」だの「おっさんじゃん」だの言われていたけど、君はそんなことを気にしていないように見えた。
他の子たちとは、ちょっとズレていた君。
卒業式のあと「長生きして下さいね」なんて言うものだから、思わず笑ってしまった。
君の好きな人が誰なのかは、知っていたんだ。
だから、想いを告げることはしなかった。
フラれるのは辛いけどフる方も辛いから、君に辛い思いをさせたくなかった。
君が好きだったシンガーソングライターの歌がラジオから流れている。
普段は忘れている、君のこと。
今どこで何をしているのだろう。
会いたいわけではないけど、そんなことを思ってしまう。
「最近、この曲流行ってるんだけど、昔のなんだね」
最後に会った頃の君と同じ年の娘が、君が一番好きだと言っていた歌を口ずさんでいる。
────君と最後に会った日
「高原に行こう」
山荷葉(サンカヨウ)
水分を含むと白い花びらがガラス細工のように透明になる花。
「あぁそういえば、聞いたことある気が」
「毎年この時期になると、サンカヨウ開花のニュースやってるじゃん」
「そうだっけ……で、そのサンカヨウがどうしたの?」
「見に行かない?」
もはや趣味とは言えなくなってきているレベルのレジンアクセサリー作りの参考にしたいのだという。
「いいけど、どこに咲いてるんだ」
「高山植物だっていうから、高原でしょ」
繊細なアクセサリーを作る彼女だが、性格はだいぶアバウトである。
────繊細な花
「足枷を外して」
夏が来て、秋が訪れ、冬になり、春になる頃。
私は、ここから出ていく。
それは、もうだいぶ前から決めていたこと。
だけど、どこへ行くのか、何をするのかは、決めていない。
来年の今頃、私はどこで何をしているのだろう。
やりたいことはあるけど、それを仕事にしようとは思えない。自信も度胸もない。
それでもわかったことがある。
このままここに居てはいけないということ。
足枷には鍵がかけられていないということ。
夏が来て、秋が訪れ、冬になり、春になって──来年の今頃、どこで何をしているのかわからないけど、私は私だけのために生きていきたい。
──── 一年後