「夜空に咲く花」
腹に響く振動に、胸が高鳴る。
部屋の灯りを消して、カーテンを開ける。
やはりこちら側だ。
この時期、この時間に窓を開けてしまうと、虫が入ってくる。
一瞬、躊躇して、結局開けてしまう。
色鮮やかな、空に伸びる光が咲き乱れる。
「自治体名 花火」で検索すると、届出済の花火の予定一覧が表示された。
「学校行事による……」
あぁ、そうか文化祭か。
文化祭の後夜祭の花火なのだろう。
漫画や映画の中でしか存在していないと思っていた。
生まれる場所が違ったら、育った地域が違っていたら、もしかしたら、漫喫していたかもしれない青春。
脳内で浮かんで消えていく。
最後、一番大きな花が咲いて、散る。
手を伸ばしても、届かないそれに蓋をするように窓を閉めた。
────窓越しに見えるのは
「スカートを翻して」
「探検ごっこ」と称した遊び。
家と家の間の細い所を通り、塀を登って降りていく。
ビリッ。
嫌な音と感覚がしたから、着地してすぐにスカートの裾を確かめた。
「あーあ……やっちゃったぁ」
「どうしたの?」
「スカート破けたー……どうしよ……」
これは、確実に母に怒られるだろう。
六年生にもなって、近所の男の子たちに混じって探検ごっこなんてしているからだ、と。
「ダッセー」
「うるさいなぁ。もー、さいあくー!」
「ちょっと待って。僕、裁縫道具持ってる」
ひとつ年下の男子が手を挙げた。
「あー、でも糸、赤いのと青いのしかない……」
「いいよ。別に」
隅に移動し、借りた針と赤い糸でささっと縫う。これは応急処置だ。家でちゃんと縫い直せばいい。
「糸、今度返すから」
「いいって、そんなの」
「そう」
「うん」
「ありがと」
※
「……って、ことがあったなぁ……」
「もー、何年前の話」
「この子もお転婆になるんだろなぁ……」
「やめて……」
いまだに夫はあの時のことを持ち出す。
────赤い糸
「数日ぶりの空」
分厚い遮光カーテンの向こうが眩しいのはわかっていたのに、なぜ外を見ようと思ってしまったのだろう。
澄んだ青い空。
もこもこと盛り上がっている、雲。
外を見るなんて、何日ぶりだろう。
カーテンを握りしめたまま、動けない。
雲が形を変えていく。
暑くなりすぎて悲鳴を上げた大地が、空に白い雲を伸ばしているのだ。雨を降らせてくれよ、と。
降ってしまえ。降ってしまえ。
開放感と暑さに浮かれた子供たちの甲高い声。
降ってしまえ。降ってしまえ。
どんな時にも、誰の頭の上にも、太陽は昇る。
それならば、どんな時でも、誰の身にも、雨は降る。
降ってしまえ。降ってしまえ。
捻くれた考えでしか、自分の機嫌を取れなくなってしまった私の頭の上にも、太陽は昇り、雨を降らせる。
降ってしまえ。降ってしまえ。
数日ぶりに、昼間に出かける準備を始める。
雨に濡れるのは好きではないが、傘で顔を隠せるのは悪くない。
────入道雲
「素麺とめんつゆを買い物カゴに入れながら」
夏が待ち遠しかったのも、楽しかったのも、子供の頃だけだ。
長く怠惰な夏休み。
宿題はあるが、毎日毎日学校に通わなくてもいい日々。
今から思えば、あの有り余る時間を何故あんなにも堕落した生活で無駄にしていたのだろうと思う。もっと勉強していれば。その後悔があるから、大人は子供に余計なアドバイスをしてしまうのかもしれない。
大人になった今、夏はただ暑いだけの日常。
しかも、私にはお盆休みもないのだ。
いや、もとより主婦業は年中無休であるが。
あぁ、今年もまた、昼食のメニューに悩まされる日々がやってくるのね……
「ええ〜そうめん飽きたぁ」
「暑いからラーメンやだー」
「ジュース飲みたいぃー!」
ひたすら過ぎ去るのを待つしかない季節が、来ようとしている。来なくていいです。帰ってください。
────夏
「異世界転移はお断りします」
「そういえばさー、異世界転移した後って、元いた世界では行方不明ってことになるよね」
「まぁ、そうなるね」
「異世界転移した人が賃貸に住んでた場合、貸してる方的には行方不明になられると、迷惑でしかないんだけど」
そういえば彼女の親戚がアパートの大家さんやってると言っていたことがあったな……
「勝手に荷物処分とか出来ないし」
思わず通信端末で「賃貸 行方不明になった」で検索。
「あー、俺異世界転移無理だわ」
「私も。スマホ使えないなんて耐えられないし。それにこっちには推しがいるし!」
そこは、彼氏がいるから、って言ってほしかったなぁ。うん……
────ここではないどこか