「歌は記憶の扉を開く」
ある有名シンガーソングライターの歌がラジオから流れると、君のことを思い出す。
自分たちの親よりも年上のシンガーソングライターの歌がどんなに素晴らしいかを友人たちに語っていた君。
「シブい」だの「おっさんじゃん」だの言われていたけど、君はそんなことを気にしていないように見えた。
他の子たちとは、ちょっとズレていた君。
卒業式のあと「長生きして下さいね」なんて言うものだから、思わず笑ってしまった。
君の好きな人が誰なのかは、知っていたんだ。
だから、想いを告げることはしなかった。
フラれるのは辛いけどフる方も辛いから、君に辛い思いをさせたくなかった。
君が好きだったシンガーソングライターの歌がラジオから流れている。
普段は忘れている、君のこと。
今どこで何をしているのだろう。
会いたいわけではないけど、そんなことを思ってしまう。
「最近、この曲流行ってるんだけど、昔のなんだね」
最後に会った頃の君と同じ年の娘が、君が一番好きだと言っていた歌を口ずさんでいる。
────君と最後に会った日
「高原に行こう」
山荷葉(サンカヨウ)
水分を含むと白い花びらがガラス細工のように透明になる花。
「あぁそういえば、聞いたことある気が」
「毎年この時期になると、サンカヨウ開花のニュースやってるじゃん」
「そうだっけ……で、そのサンカヨウがどうしたの?」
「見に行かない?」
もはや趣味とは言えなくなってきているレベルのレジンアクセサリー作りの参考にしたいのだという。
「いいけど、どこに咲いてるんだ」
「高山植物だっていうから、高原でしょ」
繊細なアクセサリーを作る彼女だが、性格はだいぶアバウトである。
────繊細な花
「足枷を外して」
夏が来て、秋が訪れ、冬になり、春になる頃。
私は、ここから出ていく。
それは、もうだいぶ前から決めていたこと。
だけど、どこへ行くのか、何をするのかは、決めていない。
来年の今頃、私はどこで何をしているのだろう。
やりたいことはあるけど、それを仕事にしようとは思えない。自信も度胸もない。
それでもわかったことがある。
このままここに居てはいけないということ。
足枷には鍵がかけられていないということ。
夏が来て、秋が訪れ、冬になり、春になって──来年の今頃、どこで何をしているのかわからないけど、私は私だけのために生きていきたい。
──── 一年後
「きっと同じだったから」
あの頃は、何も躊躇わずに言えた「だいすき」
それはきっと、同じ目線だったから。
手を繋ぎたいと思う前に手を繋いでいた。
それはきっと、同じくらいの大きさの手だったから。
中学生になってから、急に伸びた背。
低くなる声。大きく角ばっていった手。
一緒にいるだけで揶揄われた、あの頃。
今は、どうやったら自然なカタチで側にいられるかを、必死になって考えている。
────子供の頃は
「diary」
ふと見上げた空の色や、雲の形。
街路樹の葉の色の鮮やかさ。季節の花。
あたりまえにあるものだと思っていること──そのすべてが、ひとつひとつの奇跡だと気付いた。
何もないのではなくて、その奇跡に慣れてしまっている。
今日あった『嬉しかったこと』を三つだけ選んで日記に書いていく。
ひとつひとつの奇跡への感謝を忘れないように。
────日常