正直に言えば、死に方について考えたことはある。
何度か実行に移そうとしたこともある。
死ぬ気はなくても死にかけたこともある。
どれよりも死に近かった時の話をしよう。
死ぬ危険も、死ぬ気もない、夏のある日の話だ。
家と会社の間にある場所まで出かける仕事の日だった。
いつもより多く寝て、始業時間にゆるゆると準備して
家を出ても間に合うような距離だった。
普段とは違う路線の電車に乗ろうとしていた。
駅のホームに立った途端、心を揺らす香りがした。
花ではない、香水でもない、ほんのり甘くて、
リラックスできるような、懐かしさを覚える香り。
名前のつけられないそれを嗅いでいると、
突然轟音とともに突風が身を跳ねた。電車が駆け抜ける。
僕は線路に引き寄せられていた。普段の路線には
ホームドアがあるので見ることすらできないが、
この線は、剥き出しの線路を見れた。
あの日嗅いだ香りを、もう一度嗅ぎたいと思いながら
もう二度と嗅がない方が良いとも思っている。
十中八九、死の香りだろう。
最後の眠りにつく時には匂うんだ。
それを感じれない限り、迎えはまだだってことさ。
お題「眠りにつく前に」
きっとひとりなのだろう。
ひとと分かり合える気もしない。
ずっと「ズレてる」「個性的」だとか言われてきた。
否定する心があったなら良かったかもしれない。
が、生憎だいぶん前に捨ててきた。
三つ子の魂百まで、とも云う。
ひとと付き合ったことはあるが、長続きはしなかった。
その後作る気にもなれなかった。
女心はわからないと、捨て台詞を吐きながら。
「きっと分からないんだろう、誰も私の心なんか。」
そうやって、自分から目を背けているから
ひとりで居続けることになるのさ。
私は今日もひとり。
ひとのフリを真似て、ひとのフリして生きている。
お題「永遠に」
桃源郷なら在ったかもしれない。
人々が働かずに生きていける、餓えることのない世界。
桃の香りがする極楽。
理想郷は存在し得ない。
私の夢は、誰かの夢を阻害するから。
ひととひとは永遠に、分かり合えないようにできている。
お題「理想郷」
うちの祖母はお三時が好きらしい。
菓子を食べながら他愛もない話をするのが目的のようだ。
ついでに茶が出る。
麦茶程度ならまだしも、私の家庭では茶を飲まない。
頑固なコーヒー派だ。しかし私は紅茶の方が好きなので
えらく肩身の狭い生活を送ってきた。
なので、遠路はるばるやって来た実家で暇を持て余す
私にとって、一番好きな時間だったように思う。
淹れたての紅茶を湛えたカップを、心の中で拝み倒して、
祖母の何でもない雑談を聞く。
固有名詞が多すぎて大体意味は分からない。が、
相手も話すことが満足であって、聞いているかどうかは
案外どうでもいいようだ。相槌混じりに菓子も頂く。
暮れなずむ夕日を傍目に、のんびりする一時。
今でも祖母はお三時が好きだ。
ボケきって時間もわからないのに、お茶は淹れたがる。
茶請けの賞味期限はとうに切れて、痩せ細った祖母が
何度も同じ話を繰り返す。
この食卓には、死の香りが満ちている。
お題「紅茶の香り」
今日もお疲れ様でした。
交互に伝える労りの一言。
それだけでよい。
それ以上を求めてはいけない。
それ以上は相手を縛る呪いになってしまう。
お題「愛言葉」