ひともどき

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11/2/2023, 10:37:11 AM

正直に言えば、死に方について考えたことはある。
何度か実行に移そうとしたこともある。
死ぬ気はなくても死にかけたこともある。

どれよりも死に近かった時の話をしよう。
死ぬ危険も、死ぬ気もない、夏のある日の話だ。



家と会社の間にある場所まで出かける仕事の日だった。
いつもより多く寝て、始業時間にゆるゆると準備して
家を出ても間に合うような距離だった。

普段とは違う路線の電車に乗ろうとしていた。
駅のホームに立った途端、心を揺らす香りがした。

花ではない、香水でもない、ほんのり甘くて、
リラックスできるような、懐かしさを覚える香り。

名前のつけられないそれを嗅いでいると、
突然轟音とともに突風が身を跳ねた。電車が駆け抜ける。


僕は線路に引き寄せられていた。普段の路線には
ホームドアがあるので見ることすらできないが、
この線は、剥き出しの線路を見れた。


あの日嗅いだ香りを、もう一度嗅ぎたいと思いながら
もう二度と嗅がない方が良いとも思っている。
十中八九、死の香りだろう。




最後の眠りにつく時には匂うんだ。
それを感じれない限り、迎えはまだだってことさ。


お題「眠りにつく前に」

11/1/2023, 10:41:09 AM

きっとひとりなのだろう。
ひとと分かり合える気もしない。
ずっと「ズレてる」「個性的」だとか言われてきた。

否定する心があったなら良かったかもしれない。
が、生憎だいぶん前に捨ててきた。
三つ子の魂百まで、とも云う。


ひとと付き合ったことはあるが、長続きはしなかった。
その後作る気にもなれなかった。
女心はわからないと、捨て台詞を吐きながら。

「きっと分からないんだろう、誰も私の心なんか。」
そうやって、自分から目を背けているから
ひとりで居続けることになるのさ。


私は今日もひとり。
ひとのフリを真似て、ひとのフリして生きている。

お題「永遠に」

10/31/2023, 10:21:41 AM

桃源郷なら在ったかもしれない。
人々が働かずに生きていける、餓えることのない世界。
桃の香りがする極楽。


理想郷は存在し得ない。
私の夢は、誰かの夢を阻害するから。

ひととひとは永遠に、分かり合えないようにできている。


お題「理想郷」

10/27/2023, 11:03:31 AM

うちの祖母はお三時が好きらしい。
菓子を食べながら他愛もない話をするのが目的のようだ。
ついでに茶が出る。

麦茶程度ならまだしも、私の家庭では茶を飲まない。
頑固なコーヒー派だ。しかし私は紅茶の方が好きなので
えらく肩身の狭い生活を送ってきた。
なので、遠路はるばるやって来た実家で暇を持て余す
私にとって、一番好きな時間だったように思う。

淹れたての紅茶を湛えたカップを、心の中で拝み倒して、
祖母の何でもない雑談を聞く。
固有名詞が多すぎて大体意味は分からない。が、
相手も話すことが満足であって、聞いているかどうかは
案外どうでもいいようだ。相槌混じりに菓子も頂く。
暮れなずむ夕日を傍目に、のんびりする一時。




今でも祖母はお三時が好きだ。
ボケきって時間もわからないのに、お茶は淹れたがる。
茶請けの賞味期限はとうに切れて、痩せ細った祖母が
何度も同じ話を繰り返す。


この食卓には、死の香りが満ちている。


お題「紅茶の香り」

10/26/2023, 12:50:05 PM

今日もお疲れ様でした。
交互に伝える労りの一言。

それだけでよい。
それ以上を求めてはいけない。

それ以上は相手を縛る呪いになってしまう。



お題「愛言葉」

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