瞳は遠い夢を見据えて
声はハキハキとしていて
服装から品格が溢れ
髪や爪も綺麗に揃っている
いつの日かそんなオトナになるのだと思っていた。
正確には、そんな出来すぎたモノになれやしないが、
そう目指すべきだとは、思っていた。
目標と、本当の自分と。
気付けばどちらともかけ離れてしまった今の自分がいた。
満員電車ですれ違い樣の、誰かの「馬鹿だな」という
軽口が、鼓膜を揺らし続けていた。
お題「すれ違い」
僕というこの人格を形成するまでに、数え切れないほどの失敗があった。
それらがずっと耳に貼り付いて、僕に囁く。
ああしておけばよかった、こうしなかったから駄目だった、
何度言ったって成長しないお前は馬鹿だ、と。
僕は今を生きていない。過去を生きている。
より良い過去であったらば、どれほど良い人生だったろうかと夢想しながら、響く木霊の言うことに怯えて。
お題「忘れたくても忘れられない」
ただそこにあるだけのものを愛でるつもりにはならない。特に、役立っているのかよくわからないものなら尚更だ。
視線を遮ってくれる、これは及第点。
遮光性、外の光は意識しないが、内の光はよく漏れる。
通気性、頑張りすぎだ。外気が殆ど通らない。
防音性、車の音がやかましい。努力してほしい。
色々言ったが、買い替えてやるほどの不満はない。
安心して、明日も我が家の日常を彩っていてほしい。
ただ、君と僕の間のこれは、金属製じゃないものに
買い替えたいと思うんだが、どうかな。
お題「カーテン」
涙が出るときは、可能な限り流していたい。
知性ある存在として、言葉を使うことが最良だと
私の中のオトナが言うけれど、
言葉にしない方がよいものだってある。
例えば、朋友に惜別を告げるとき。
悩み尽くして送る美辞麗句や、
どんな偉人の名言を引用しても、
一縷の涙に勝りはしない。
餞は言葉にできない方が美しい。
例えば、一面の草原を風が凪いだとき。
口から自然と、「風が見える」と零れ落ちた。
言葉は元々の感動を忘れるほど長持ちする。
だから、涙が風に跳ねて行く感覚を覚えていたかった。
例えば、泣きたくなる程の衝撃を受けたとき。
次はこれほど苦しまないために、
その辛さをひとに共有したいがために、
涙を堪え、言葉に変えるでしょう。
一度分類してしまえば、次はラベルで名付けられた
痛みしか感じられなくなる。
あなたの痛覚は鈍り、世界の清さも、儚さも、厳しさも
ありのままを受け止められなくなる。
涙が出るときは、可能な限り流しておいた方が良い。
涙を堰き止めていたら、そのうちに枯れ果てて、
二度と湧き出なくなるから。
綺羅びやかで虚ろな言葉しか並べられない
私のようにはならないでほしい。
お題「涙の理由」
「ココロオドル」
昔は世界が輝いていた、ように思う。
何はなくても学期末の休みが楽しみだった
誕生日やクリスマスを手放しで祝えた
祖父母の家まで数時間かけて行くことも厭わなかった
川に入るのが好きだった
スキーも毎年行っていた
自然を愛していた
いつからか、本心を隠すことが美徳となった。
ひとの嫌がることはやめなければならなかった。
そうでなければひとに認められないから、社会に属せないから。
そのうち、何にでも理由を求めるようになった。
休暇はやることがないから楽しくなくなった
歳を取ることに意味を見出さなくなった
クリスマスは一人だから祝わなくなった
ボケてゆく家族に付き合いきれず疎遠になった
偶に行くと歓迎されて駄賃を渡されるが、金の無心のようで罪悪感が芽生えた
川は遊泳禁止になった
年々雪は減り、値段も高騰したのでスキーも行かなくなった
身の回りにあった木々や川は、ビルと人混みに変わった
生活は無味になった。
金のために数日働いて、休暇という名の睡眠時間を過ごして、
いつか来るはずの迎えを待ちながら、ただただ時間を浪費している。
どうか音楽だけは、あの頃と同じように意味も理由もなく、
心を昂ぶらせてくれたら良いと思いながら、
一人、スピーカーを付けた。