ひともどき

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10/19/2023, 10:59:35 AM

瞳は遠い夢を見据えて
声はハキハキとしていて
服装から品格が溢れ
髪や爪も綺麗に揃っている

いつの日かそんなオトナになるのだと思っていた。
正確には、そんな出来すぎたモノになれやしないが、
そう目指すべきだとは、思っていた。

目標と、本当の自分と。
気付けばどちらともかけ離れてしまった今の自分がいた。
満員電車ですれ違い樣の、誰かの「馬鹿だな」という
軽口が、鼓膜を揺らし続けていた。


お題「すれ違い」

10/17/2023, 1:32:53 PM

僕というこの人格を形成するまでに、数え切れないほどの失敗があった。
それらがずっと耳に貼り付いて、僕に囁く。
ああしておけばよかった、こうしなかったから駄目だった、
何度言ったって成長しないお前は馬鹿だ、と。


僕は今を生きていない。過去を生きている。
より良い過去であったらば、どれほど良い人生だったろうかと夢想しながら、響く木霊の言うことに怯えて。


お題「忘れたくても忘れられない」

10/11/2023, 12:51:48 PM

ただそこにあるだけのものを愛でるつもりにはならない。特に、役立っているのかよくわからないものなら尚更だ。

視線を遮ってくれる、これは及第点。
遮光性、外の光は意識しないが、内の光はよく漏れる。
通気性、頑張りすぎだ。外気が殆ど通らない。
防音性、車の音がやかましい。努力してほしい。

色々言ったが、買い替えてやるほどの不満はない。
安心して、明日も我が家の日常を彩っていてほしい。


ただ、君と僕の間のこれは、金属製じゃないものに
買い替えたいと思うんだが、どうかな。


お題「カーテン」

10/10/2023, 11:34:29 AM

涙が出るときは、可能な限り流していたい。
知性ある存在として、言葉を使うことが最良だと
私の中のオトナが言うけれど、
言葉にしない方がよいものだってある。



例えば、朋友に惜別を告げるとき。
悩み尽くして送る美辞麗句や、
どんな偉人の名言を引用しても、
一縷の涙に勝りはしない。
餞は言葉にできない方が美しい。


例えば、一面の草原を風が凪いだとき。
口から自然と、「風が見える」と零れ落ちた。
言葉は元々の感動を忘れるほど長持ちする。
だから、涙が風に跳ねて行く感覚を覚えていたかった。


例えば、泣きたくなる程の衝撃を受けたとき。
次はこれほど苦しまないために、
その辛さをひとに共有したいがために、
涙を堪え、言葉に変えるでしょう。

一度分類してしまえば、次はラベルで名付けられた
痛みしか感じられなくなる。
あなたの痛覚は鈍り、世界の清さも、儚さも、厳しさも
ありのままを受け止められなくなる。



涙が出るときは、可能な限り流しておいた方が良い。
涙を堰き止めていたら、そのうちに枯れ果てて、
二度と湧き出なくなるから。
綺羅びやかで虚ろな言葉しか並べられない
私のようにはならないでほしい。


お題「涙の理由」

10/9/2023, 11:33:17 AM

「ココロオドル」

昔は世界が輝いていた、ように思う。

何はなくても学期末の休みが楽しみだった
誕生日やクリスマスを手放しで祝えた
祖父母の家まで数時間かけて行くことも厭わなかった
川に入るのが好きだった
スキーも毎年行っていた
自然を愛していた


いつからか、本心を隠すことが美徳となった。
ひとの嫌がることはやめなければならなかった。
そうでなければひとに認められないから、社会に属せないから。
そのうち、何にでも理由を求めるようになった。


休暇はやることがないから楽しくなくなった
歳を取ることに意味を見出さなくなった
クリスマスは一人だから祝わなくなった
ボケてゆく家族に付き合いきれず疎遠になった
偶に行くと歓迎されて駄賃を渡されるが、金の無心のようで罪悪感が芽生えた
川は遊泳禁止になった
年々雪は減り、値段も高騰したのでスキーも行かなくなった
身の回りにあった木々や川は、ビルと人混みに変わった


生活は無味になった。
金のために数日働いて、休暇という名の睡眠時間を過ごして、
いつか来るはずの迎えを待ちながら、ただただ時間を浪費している。


どうか音楽だけは、あの頃と同じように意味も理由もなく、
心を昂ぶらせてくれたら良いと思いながら、
一人、スピーカーを付けた。

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