この道の先には、何もありません。
これから歩きながら貴女が作っていくのですから、先にはまだ何もないのです。
ただ、いちばん最後に待っているものがあるのは確かです。
あの大きな廻り続けるものが、貴女の道の最後に待っています。
貴女はそこに回収され、個としての存在を終えます。
その安寧の日まで、貴女は、そして貴女に付き従う俺たちは、何もない道を歩み、そこに足跡を残していくのです。
俺にとっての貴女は、温かい日射しを投げかけてくれる、太陽のような存在です。
貴女がいるから、俺の世界は存在しています。
貴女を中心に、俺の世界は回っています。
俺は貴女を守るためにここに存在しているので、当然のことではあります。けれど、生きていた時も、貴女は俺にとっての太陽だった。
その光を再び浴びたいという願いだけを心の支えにして、俺は貴女に言い遣った五年間の放浪を終えました。
そして貴女の元に帰った時、貴女はもうこの世を去っていました。俺の太陽はもう二度と昇らない、そんな地獄のような世界で居きることはできない。そう思って、俺は生きることを諦めました。
命を捨てた後、貴女という存在はひとつの魂であり、何度も肉体を得て転生していくのだと、俺は知りました。貴女という太陽がまた昇るのだと知って、俺がどれだけ歓喜したことか、貴女には分からないでしょう。
貴女は太陽のように、生を得て昇り、命を失って沈み、また昇っては沈みます。
いつか太陽がなくなるのと同じように、貴女の魂もいつかは個としての終わりを迎え、二度と昇らなくなります。
その最後の日まで、貴女の放つ温かい日射しに包まれて、俺は幸福に過ごすでしょう。
今世の貴女は、深窓の令嬢という表現がよく合います。
その窓から、何が見えますか。
醜いもの、おぞましいもの、悲しいもの。
そのようなものが、貴女のその窓からは見えないように、俺たちは隠しました。
今の貴女は、そのようなものが自分の人生から排除されていることに気づいて、喜びよりも苦しみを感じていらっしゃいます。
俺たちの選択は、貴女を苦しめてしまったでしょうか。
運命の赤い糸など、俺は信じません。
そんなものはありません。
俺たちは、貴女の持つ縁を可能な限り良いものにしようと、日々努力しています。「運命だから出会うことになっていたんだ」と言われたところで、それが何だと言うのでしょうか。
良い縁は引き寄せ、悪い縁は力ずくで退ける。
それが俺たちのやり方です。
生きていた時の俺は、全く学がありませんでした。
字が読めないのは当然として、知らない言葉も多かった。
夏の夕暮れに聞こえるもの悲しい鳴き声の虫は、ひぐらし。
夏の青空にそびえるように高く立つ雲は、入道雲。
俺にそんなことを教えてくれる人は誰もなく、俺は名前のないものに囲まれた狭い世界で生きていました。
俺が、もっともっと早く貴女に出会えていたら、貴女は俺にたくさんのことを教え、いろいろなことを手ほどきしてくださったでしょうか。
動物や植物や、自然のものの名前。
字の読み方、書き方。
人を思いやること。
人を愛すること。
ああ。
貴女ともっと、同じ時間を生きたかった。