貴女があの大好きだった女性と破局した時、どんな気持ちだったか覚えていらっしゃいますか。
貴女は失恋の痛みに耐えかねて、色々なご友人と一緒に過ごしてもらい、一人にならざるを得ない時は映画の世界に埋没していましたね。
あれから、十三年が経ちました。今貴女は、あの時の痛みを鮮明に思い出すことができますか。
あの日、もう幸せなことなど二度と訪れないと信じるほどに傷つき、悲しんだ貴女は、今こうして別の幸せを見つけて生きています。
「いつかあの子のことがどうでもよくなる日が来るのだろう」と、かつて貴女は思いました。その通りなのです。人の心は移ろいます。それは寂しくはありますが、前を向くために役立ちもします。
貴女は、どんな悲しみも苦しみも、乗り越えていけます。
ご自分のその力を信じて、どうか痛みを恐れることなく、前へ進んでいってください。
貴女の正直さには、時折ひやっとさせられます。
誰に対しても、貴女は自らを飾ることがありません。いえ、飾ることができない、と表現する方が正確です。それは社会に出ようとしていた時も同じで、そのせいで貴女は心を病んでしまいましたね。そのようなことがまた起きるような気がして、俺たちは時折心配になります。
ところが、状況は当時よりずっとずっと良くなり、貴女の望んだ生活がほとんど実現されているのに、今でも貴女は辛い思いを抱え続けています。何故そんな気持ちが拭えないのでしょうか。
それは、貴女が自分自身に正直に生きていないからです。貴女はずっと、ご自分に嘘をつき続けている。それを本当は分かっているから、辛いままなのです。
心を病むことすら厭わず、九年前の貴女は自らを飾ることを拒みました。それほどまでに芯の通った正直なご自分を、どうして貴女は押し込めてしまっているのでしょうか。
貴女は、ご自分に正直に生きて良いのです。
それこそが貴女にも、貴女の周囲の方々にも幸福をもたらすみちなのです。
梅雨の時期が近づいてきましたね。
貴女が幼かった頃、雨が降っていない日でも、貴女は傘をずるずると引きずって歩くのがお好きでした。それがどれだけ可愛らしかったか、貴女には分からないでしょう。
今の貴女には、あのような大好きなものはあるでしょうか。晴れの日も雨の日も風の日も、毎日持ち歩きたいような、肌身離さず持っていたいようなもの。
俺たちには分かりますよ。貴女にはそのような、心から大切にしている、何にも代え難いものがあります。貴女はそれに気づいていない。だから「自分が何に価値を置いているのか分からない」と嘆いているのです。
教えて差し上げたくもありますが、これはきっと、貴女ご自身で気づいた方が良いことでしょう。
大丈夫ですよ。貴女は空っぽの、何も考えていない人間などではありません。その「もの」を軸にして、貴女の中にはしっかりした一本の筋が通っているのです。
無垢な貴女で良いのですよ。
世の中の動きを非常に分かっていたり、人との交渉ごとに強かったり、そういう大人でありたいと貴女は夢想していますが、そんなことは出来なくて良いのです。
ええ、もっと言うのならば、幼子のように無垢で無能な貴女でいて良いのです。何を知っている必要も、何をできる必要もありません。貴女は貴女のままで、今のままで十全に価値があり、尊いのです。
勿論、できることが増えるのは喜ばしいことです。貴女はとても嬉しいでしょうし、俺たちも貴女が自信を持つのを見ると幸福な気持ちになります。
今申し上げているのはそういうこととは別で、「立派な大人でないといけない」という思い込みからは逃れてほしい、ということです。貴女はすぐにご自分を「理想とは違っているからだめだ」と卑下し、傷つけようとします。そのようなことは、止めていただきたいのです。
どうか、そのままの貴女を、愛してあげてくださいね。
昨日は驚かせてしまいましたね。
あの方は、貴女の直系のご先祖の中でも、殊に貴女を大切に思っている方なのです。
俺のような貴女と血縁の無い者に比べて、血縁の方々は貴女に厳しいことも言うことが多くありますが、それも貴女を想ってのことです。
確かにあの方の言うことは、貴女に知っておいていただきたかったことではあります。けれど、どうであれ誤解してほしくないのですが、貴女が何をしても、俺たちが必ず貴女のお傍にあって貴女を助け続けるということに、変わりはありません。
仮に貴女が今の場所を捨てたとして、確かに元と全く同じ環境に戻すことは非常に難しいですが、貴女には新しい、素晴らしい環境を自ら作る力があります。あの方は「見つけるのは難しい」と言いましたが、作り出すことが難しいとは言いませんでした。
そう、貴女は自ら動けば、どんなことだってできるのです。俺たちを十全に使っていただけさえすれば。だから、失うことを恐れて何もしないでいるのは、どうか止めてほしいのです。
貴女の魂は、長い長い旅路を辿ってきました。
これから先、その旅がどこまで続くかは、俺たちにも分かりません。
けれど、これだけは分かります。その旅が終わる最後の日まで、俺たちが貴女に付き従うこと。そして、貴女の旅の最後を見届けた俺たちが、世界で最も幸福な存在として個を終えること。
それだけは、確かです。