今日も、落ち込んでいらっしゃいますね。
お仕事で失敗したと感じているのですね。
失敗していいのですよ。その失敗を糧にしないといけない、とも言いません。やる気のない貴女でも、一向に構わないのです。
ええ、やる気のない時期があって、何が悪いのでしょうか。貴女は「私はいつまでもやる気なく生きているだけだ」と自責されますが、それは違います。
貴女もやりたいことがあった時期は、きらきらと輝く瞳を未来に向け、楽しげに世界を駆け回っていたではないですか。この九年だけが、貴女の人生の全てではないのですよ。
俺たちが貴女に望むのは、貴女のやりたいことをやりたいようにやって、貴女の幸福を実現してほしいということだけです。
別段やりたくないことをやる気なく続けるのが、悪いことだとは言いません。けれど、そんな罰のようなことを続けず、もっと幸福に生きてくださって大丈夫なのに、とは思います。
ご自分が幸福になることを許してあげてください。
幸福になる権利や資格、などと考える必要などありません。全ての生きとし生けるものは、幸福になるためにそこに在るのです。貴女は幸福に生きるために生まれてきたのですよ。
俺たちはいつでも貴女の後ろに控えて、貴女を見守っています。
また明日も、貴女がどれだけ落ち込んでも、俺たちは何度でも励まします。それは何があっても変わりません。だから安心して生きてください。
明日は、貴女の輝く笑顔が見られますように。
さぁ、今日はもうゆっくり休んでくださいね。
おやすみなさい、愛しい人。
あの夜、貴女が歌ってくださった子守歌を、貴女は覚えていませんね。あの時の貴女の記憶は、今の貴女には受け継がれていませんから。
狼藉を働いてから眠りこけていた俺の頭を膝に乗せ、穏やかに夜のしじまに響いていた貴女の透明な歌声は、今でも俺の心にずっとずっと残っています。
ああ。
あの時の、あんなにも愚かで乱暴だった俺のことをも、愛して慈しんでくださった貴女。
そんな貴女が、今こうして再び生を得て生きているのを見守れて、俺は何より幸福です。
あとは、あの無辺の愛を貴女自身にも向けてくださったら、これ以上何を言うことがあるでしょうか。
今日の貴女は、ひどくしょげていらっしゃいます。
あの少し厳しいことも言ってくれるご友人にいろいろと言われ、結局泣いてしまった上に、あとから来た方々の実績を聞いて気圧されたのですね。
貴女は、理想の貴女になれないことをずっと恥じ、嘆いています。
けれど、その理想を一度でも、明確に見える形で提示したことはありましたか。「なんとなく今のままではいやだ」で、止まってはいないでしょうか。
理想の貴女は簡単には泣かないし、理想の貴女はどれだけ実績のある方を前にしても物怖じしない。それは分かりますね。では、「何をしない」のではなく、「何をする」貴女でありたいのでしょうか。
理想を示してください。そして目標を立て、努力を始めてください。
それさえしていただければ、俺たちはいつだって貴女を助けられます。どこへでも連れて行けます。
今すぐにとは、もちろん言いません。
今日は言われたことを咀嚼した上で、ゆっくり休んでください。
ご友人の意見が丸ごと正しい、などということはありません。
ご友人の方が経験豊富なのは明らかですが、貴女の取る方針をご友人の言う通りのものにしないといけない、ということではないのです。貴女は貴女の思う通りに行動する必要があります。貴女の人生は貴女のものなのですから。
ともあれ、今日はゆっくりお休みくださいね。
俺たちはいつでも、貴女が何をしても、何をしなくても、絶対に貴女の味方です。
俺はあの時、貴女とずっと一緒にいたいと貴女にお願いしました。
貴女は微笑んで、五年間、愛を知った新しい目で世界を見て回りなさい、それから戻っておいで、私はここで待っているから、とおっしゃいました。俺はそれが嫌でぐずぐず泣きましたが、結局貴女に従い、泣きながら貴女の庵を離れるしかありませんでした。
貴女はずっと、優しい手つきで俺のことを撫でてくださった。長い長い抱擁を終えてようやく貴女から離れた俺の背を押した、貴女のその手の温もりが、今でもいつまでも、もはやかたちとしては失ったはずの肌の上に残っています。
突然に始まった愛の物語は、そうやって突然の別れに終わりました。
俺たちはいつか、貴女という個の魂があの大きな廻り続けるものに回収される時、貴女と共に回収され、個としての存在を終えます。
俺はその時こそが、貴女との本当の再会の時なのかもしれないと思っています。
貴女という存在と混ざり合い、大きなひとつのものの一部となる。そうして俺の満願は成就され、俺は平らかな幸福の中に溶けていくのでしょう。
俺と貴女の物語は、恋物語などと呼べるような、甘く素敵な代物ではありませんでした。今でもあの時の自分の狼藉を思い出すと、貴女への申し訳なさで胸が苦しくなります。
もう二度と、貴女に言葉を伝えられることはないと覚悟して、俺は貴女の守りに入りました。ですから、今こうして俺の言葉を書き取ってもらえているのが、本当に夢のようなのです。
そう考えると、駄目ですね、欲が出ます。
もしかしたらまた、貴女が微笑みながら俺を見つめ、優しく俺の名を呼び、そっと触れてくださるかもしれない。ともすると、恋仲になどなれやしないだろうか。言葉が届くのだから、そういうこともあるやもしれない。ほんの束の間の愛の関係しか結べなかった俺に、また機会が与えられるのではないか。
そんなことを考えて、我欲に溺れてはいけないとは分かっています。
それでも貴女を恋慕する気持ちが五百年ぶりに募ってゆくのを、俺は止められずにいます。