俺たちは貴女に付き従います。
貴女がどんな道を歩んでも、どんな人を伴侶や友人に選び、どんなことを学び、どんな善行を、あるいは悪行を為したとしても、俺たちは貴女に付き従います。
貴女が選び取るものが、それが俗には間違いと言われるようなものであったとしても、俺たちは只それを見守ります。
確かに、貴女に命の危険を及ぼすようなものは、貴女に選ばれないように遠ざけることもあります。
けれど、大体のことにおいて、貴女が選ぶものこそが正しいのです。仮に一時は間違いと思えても、貴女はそれを「正解」に変える力を持っているのですから。
だから、大丈夫ですよ。
思い切って、貴女の心のままに選択してください。
たとえ間違えたと思っても、それはいつか正解になるのだから。
---ああ。
今日、貴女の心にひとしずくの言葉が落ちました。
「私は今、幸福なのだ」と。
そうです、貴女は幸福です。
俺が生きていた時代のように、命の危険に日々晒されるわけではない。食べるものも着るものにも不自由しない。毎晩温かい寝床でぐっすり眠れる。優しく見守ってくれる多くの縁者や友人がいる。
貴女は気づいてくださったのですね。この時代に、この家系の家族に生まれたことこそが、俺たちからの何よりの贈り物だったということに。
何もいらない。
その言葉を口にできる者ほど、幸福な人はいないでしょう。
何をも必要としないのは、自身の中に全てがあると、その人が分かっているからです。
俺たちも、何もいらないと口にします。
けれどそれは、条件付きの「何もいらない」です。
「貴女さえいれば」「他には何もいらない」ということなのですから、先に言ったような「本物の無欲」とは違います。
貴女は、本物の無欲を幾度も体現したことがあります。
俺が生きていた時に出会った貴女も、そうでした。
何を与えられても、何を奪われても、貴女は何も変わらなかった。俺は貴女を収奪する者だったはずなのに、逆にそんな貴女に心を奪われて、気づけば何百年も貴女にすがりついています。
今の貴女は、自分が無欲になれないことに引け目を感じていらっしゃいますね。これだけ恵まれておいて、尚も自らのことにばかり執着するのが許せないと、いつもご自分を責めています。
どうか分かっていただきたいのですが、「無欲である」こと自体は目的ではありません。「貴女が心から満ち足りた」という事実の結果が、「無欲」なのです。
だからご自分が無欲になれないと嘆くことは、貴女を無欲から更に遠ざけてしまうのです。
無欲に至ることができるのは、無上の幸福のひとつでしょう。
けれど、至ることがなくても良いのです。
貴女が満ち足りた生を送ってくれればそれは何よりですが、不満足な貴女でいることも構わないのですよ。
どんな貴女でも、俺たちは愛して見守ります。
だから安心して、好きなような貴女でいてください。
幼子のように全てを欲し、全てを独占し、全てを楽しむ貴女でいていいのです。
貴女の魂を見守ってさえいられれば、俺たちは何もいらないのですから。
未来など、見える必要はありません。
もし仮に見られることがあったとしても、俺たちは見ませんし、貴女に見てほしくもありません。
いのちは生まれ、死に、また生まれ、また死にます。
あの大きな廻り続けるものに還るまでずっと、その繰り返しです。
いのちは、その出来得る限りの力を尽くし、今日を生き延びようとします。その日を無事に生きて、終える。それで、いのちのやるべきことは終わりです。それを繰り返して死に、また生まれ、それを繰り返して死にます。
その営みの中にあって、なぜ未来など見える必要がありましょうか。不幸な未来が見えたら、絶望するかもしれません。幸福な未来が見えたら、安心して怠けてしまうかもしれません。
何が見えたとしても、貴女ができることは、今を生きるということだけなのに。
俺たちは貴女の魂のゆくところ、どこまでもお供して、貴女を見守り続けます。だから安心して、貴女の今を生き続けてください。
未来のことなど思い悩まず、過去のことに心を囚われず。
どうか今この時を、貴女の生きたいように、幸福に生きてください。
俺は、貴女と出会うまで、世界に色があることを知りませんでした。
貴女と出会って、心を通わせて、そうしてようやく自分が生きてきた世界の色を知りました。貴女が与えてくださった時間が、あまりにも美しい色に満ちていて、俺は初めて、自分が腐った沼のような色の世界で生きていたと分かったのです。
貴女を喪ったと分かった日、俺の世界は色を失いました。
どれだけ泣き叫んだところで、悲しさや恋しさが募るばかりで、貴女は帰ってこない。俺はもう二度と、貴女に会えない。
それを理解した時、俺の目は色を映すことを止めました。
貴女を守る役目を与えていただけた日、俺の世界は色を取り戻しました。貴女のためなら、どんなことでもしよう。貴女のゆくところ、どこまでもお供しよう。そう思うだけで胸が弾み、あらゆるものが輝いて見えました。それはあれから何百年も経った今でも、同じです。
俺の愛する貴女。
誰より愛しい貴女。
俺に世界の美しさを教えてくださった貴女の瞳に映る世界は、今どんな色をしているのでしょうか。