お題『あの日の温もり』
あの日、急に彼に抱きしめられた。おどろいて思わず突き飛ばしてしまったけど、あれ以来彼の心臓の鼓動や腕のなかのあたたかさを忘れられずにいる。
あれからなんとなく彼がいそうな場所を避けて、でも私が悲しんでるからといってなんであんなことをしたのかと問い詰めたい気持ちがあった。
夜、残業して公園の前を歩いているとなぜか彼に出くわした。私もきまずかったし、彼も気まずそうな顔をしている。
彼はとっさに逃げようとした。私は思わずその手首をつかむ。
「まって!」
振り返った彼は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「ごめん、ごめん」
と何度も言ってあんなことしたくせに被害者面をするなと思う。
「ごめんじゃなくて。なんであんなことをしたのか、話を聞かせて欲しい」
すると彼は顔を一気に赤らめさせた。夜の暗がりでもそれがはっきり分かるくらい。
彼は私から視線をそらしながら言う。くちもとが震えている。
「そ、そそ……それは、きみがすき、だから……」
それを言われても今更驚かない。さすがに抱きしめられた時は驚いたけど、あの時元々付き合っていた彼氏にフラレて落ち込んでいたのは事実だから。
「うん、わかった。とりあえず、今度お茶でもしない?」
彼を誘うと一変、パァァァという効果音が出るのではないかというくらいに嬉しそうに笑った。
お題『cute!』
普段「かわいい」という言葉を口にすることがない彼女が雑誌を開いて「キュートだ……」とか言ってる。
なんの雑誌を読んでいるのかと思ったら、絵の男たちが表紙になってるゲーム雑誌だという。
なににかわいいとか言ってるのかと思いのぞいたら、あろうことか、彼女は筋骨隆々のおっさんに対して「かわいい」とか言っているのだ。
人の好みはいろいろあるというが、あいにく俺は筋骨隆々でもない、背も高くなければ年齢も彼女と同い年。聞けばそのかわいいと投げかけた彼の年齢は四十八だという。俺よりもずっと年上じゃねぇかと思う。
「どのへんがその……キュートなの?」
と聞くと彼女がしぶしぶ見せてきた。俺がアニメのキャラに対してですら案外嫉妬深い性質なのを知ってるから、あまり隠すことはなくなったからだ。
そこには、夕焼けの下で若いイケメンの男がそのおじさんを抱きしめているイラストが載っていたのだ。おじさんは、頬を赤らめている。
「おじさんの心の闇を晴らす展開と、おじさんが見せるいじらしさがかわいい」と言う彼女にただ俺は困惑するしかなかった。どうやら『そうされたいわけ』ではないことはなんとなく分かっていて、俺にできるのはただ否定せず、見守ることだなとさとった。
お題『記録』
現在進行系で私は『自分史上文章投稿連続一位』を更新し続けている。ひとえにこのアプリのおかげである。
お題さえ与えられればとりあえずなんでも書けはするのだが、今までそれを連続でやれなかったのは人の評価が気になるからである。
Xに投稿すれば、拡張機能を使わない限りいいね数が可視化されて、『自分の作品は受けないんだ』という事実をつきつけられたり、人気ある人がちやほやされてるのが見えてしまう。その事実に歯噛みしていた。
他の小説投稿サイトにいたっては、モノによって作者同士がいいねを投げ合い、Xで互いにリポストしあったりする文化が根付いているものもある。私にはそういう互助会的なものは無理だし続かないし、それでいいねがついても複雑な気分になるだけだ。
このアプリ、なにがいいかと言うと自分のいいね数は自分しか見ることができないこと。そして、他人のいいね数が可視化されず、ランキング機能もないこと。これが私には合っているようだった。
願わくばそういう小説投稿サイトができないかなと願っている。だが、ランキング機能がないと読むだけの読者はつかなさそうだ。難しい話である。
お題『さぁ冒険だ』
たまたま俺が村に置いてある勇者の剣を引き抜くことが出来てしまったがために次の勇者は俺に決まってしまった。
村のみんなの安心したような顔が忘れられない。だって、自分が選ばれたら怖いモンスターと戦わないといけないし、戦う度に痛い思いをしなければならない。そんなのはまっぴらごめんだ。みんなそう思ってる。
でも結果として俺が選ばれてしまった。
今日は冒険に出発する日、それなのに俺は布団の中に引きこもっている。
いやだいやだいやだ行きたくない行きたくない行きたくない。
そう思っている矢先、無理矢理布団を引き剥がされた。引き剥がしてきた主はニカッとまるでまぶしい太陽みたいな笑みを浮かべて、すでに旅衣装に着替えていた。
「さぁ、冒険だ!」
あぁ、俺は思い出した。一人、勇者に選ばれたがっていた奴を。だが、そいつは勇者の剣を抜くことが出来なかった。
さすがに落ち込むのかと思っていたら「職業案内所行ってくる!」と片腕を上げながら村から出ていった。
やる気に満ちた幼馴染にうながされるまま、勇者の剣を腰にさす。
それから俺は幼馴染に引きずられるように村を後にした。みんなの期待に満ちた眼差しに混ざって気の毒そうなものも含まれてて辛い。
ふと、幼馴染が職業案内所へ行ったことを思い出して聞いてみた。
「なぁ」
「なんだい?」
「お前、職業案内所行っただろ」
「おうっ! 行ったな」
「何に就職したん?」
「遊び人」
その言葉に思わず「は?」と声が漏れる。それって特になんの役にも立たないのでは?
戦闘になっても別のことをし始める存在。戦力にもならない。
参った。お前の性格は勇者向きのくせに勇者どころか冒険者の適性もなかったのか。いや、遊び人に失礼だけど、失礼だけどさぁ。でも、旅の最初のオトモが遊び人ってねぇよ!
俺は思いやられる先に暗澹とした気持ちになった。
お題『一輪の花』
ある時期から僕の祖母のお墓に一輪の花が供えられるようになった。お墓には似つかわしくない青のトルコキキョウだ。
その辺の花屋で仏花を買ってきた僕は気にせず毎回一緒にお墓の花瓶に入れていた。
それが今、青のトルコキキョウを携えている人に出くわした。たしか大学で講義でよく一緒になるやつだったか。
真ん中の席で目立たないように適当に授業を受ける僕と違い、そいつはいつも一番前の席にいて熱心にノートをとっている姿が印象的だった。
「いつも青い花を供えてくれたのは君だったの」
すると、目の前の男は眉をつりあげた。
「先生は青いトルコキキョウが好きと聞いたから……というか、仏花はないんじゃないの? 君、自分の祖母の好きな花も知らないわけ?」
思ったよりも感じが悪い。だけど、祖母の好きな花を知っていて供えてくれる彼は悪い人ではない。それだけは分かった。
祖母はずっと教師をしていた。祖母も忙しいだろうに僕の両親はいつも不在だったからと母親のように面倒を見てくれていた。
家の外の祖母を知らなかったけど、まさかこんなところで繋がるなんて、しかも祖母は未だに想われているなんて、その事実に胸が熱くなる。
「いつもありがとね」
「先生には世話になったからな。いろいろと」
そう言うと口をもごもごさせながら彼は僕の目の前を足早に通り過ぎていく。
僕は祖母のお墓に仏花を供えると線香に火をつけ、両手を合わせた。それから彼に思いを馳せる。
明日の講義は彼と一緒だ。それが終わったらいろいろ話を聞こう。そう決めた。