白糸馨月

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お題『さぁ冒険だ』

 たまたま俺が村に置いてある勇者の剣を引き抜くことが出来てしまったがために次の勇者は俺に決まってしまった。
 村のみんなの安心したような顔が忘れられない。だって、自分が選ばれたら怖いモンスターと戦わないといけないし、戦う度に痛い思いをしなければならない。そんなのはまっぴらごめんだ。みんなそう思ってる。
 でも結果として俺が選ばれてしまった。
 今日は冒険に出発する日、それなのに俺は布団の中に引きこもっている。
 いやだいやだいやだ行きたくない行きたくない行きたくない。
 そう思っている矢先、無理矢理布団を引き剥がされた。引き剥がしてきた主はニカッとまるでまぶしい太陽みたいな笑みを浮かべて、すでに旅衣装に着替えていた。
「さぁ、冒険だ!」
 あぁ、俺は思い出した。一人、勇者に選ばれたがっていた奴を。だが、そいつは勇者の剣を抜くことが出来なかった。
 さすがに落ち込むのかと思っていたら「職業案内所行ってくる!」と片腕を上げながら村から出ていった。
 やる気に満ちた幼馴染にうながされるまま、勇者の剣を腰にさす。
 それから俺は幼馴染に引きずられるように村を後にした。みんなの期待に満ちた眼差しに混ざって気の毒そうなものも含まれてて辛い。
 ふと、幼馴染が職業案内所へ行ったことを思い出して聞いてみた。
「なぁ」
「なんだい?」
「お前、職業案内所行っただろ」
「おうっ! 行ったな」
「何に就職したん?」
「遊び人」
 その言葉に思わず「は?」と声が漏れる。それって特になんの役にも立たないのでは?
 戦闘になっても別のことをし始める存在。戦力にもならない。
 参った。お前の性格は勇者向きのくせに勇者どころか冒険者の適性もなかったのか。いや、遊び人に失礼だけど、失礼だけどさぁ。でも、旅の最初のオトモが遊び人ってねぇよ!
 俺は思いやられる先に暗澹とした気持ちになった。

2/26/2025, 3:53:27 AM