お題『君の声がする』
トイレでお弁当を食べていたら隣からすすり泣く声がした。
さすがにギョッとしたが、今トイレから出るわけにはいかない。外に出た瞬間、クラスを牛耳るクソ女に鉢合わせする可能性があるからだ。
しばらく気にしないようにしていた。だが、すすり泣きがいっこうにやまない。
私はおそるおそる泣き声が聞こえる方の壁を叩いた。泣き声が一瞬やむ。私は久しぶりに学校で話す練習をするために大きく息を吸い、大量の息を吐き出した。よし。
「なんで泣いてるの?」
久しぶりに発した声はひどくたどたどしく、自分で自分が嫌になった。だが、隣の部屋の主は私のそんな喋りを聞いても嗤うことはなかった。
「もう、もう耐えられないの。クラスでいじめにあっていて……」
「うん、分かる」
「もしかして貴方も?」
「うん」
それから二人でクラスの地獄具合を話し合った。おどろくほど彼女の境遇と私の境遇は似ていて、いつの間にかチャイムが鳴った。地獄へ連れ戻されるチャイムだ。
「じゃ、私そろそろ戻るね」
そう言って個室から出る。私が話していたはずの隣の部屋には誰もいなかった。
昔聞いたことがある。この学校には何年か前にいじめを苦にして自殺した女子生徒がいたんだって。それがもし彼女なら成仏出来てないってことなんだろう。
「また来るね」
そう言って、かつて彼女が味わった苦しみに似たものがうごめく場所へ向けて私は足を踏み出した。
お題『ありがとう』
今日もまた一体バケモノを倒した。母親らしき女性と子供を襲っているのを見たからだ。
「ありがとうございます!」
母親が子供の頭に手をやり、一緒にお辞儀する。
何度もこういうことを続けてきたが、人を助けて礼を言われると自分が『イイモノ』になった気がする。
かつて暗殺を生業にする一族に属していたから尚更そう思うのだろう。
彼等に背を向け、しばらく歩いているとバケモノの子供が目の前に現れる。人に危害さえ加えなければなにもしないが、そいつの目から涙がこぼれていた。
「ひ、人殺しいいいいっ!」
バケモノの子供が長い爪を伸ばして俺に襲いかかる。
あぁ、またこれか。いつだって俺はそう言われてきた。
もう人を殺すのが嫌で、人から恨まれるのが嫌だから足抜けして人助けするようになったのに。
俺は無言で銃をバケモノの子供の頭に向けて撃った。見事に命中した。
頭から血を流し、事切れたのを見届けて、こいつはバケモノだ。俺は人殺しじゃない。そう自分に言い聞かせた。
お題『そっと伝えたい』
さっきから気になって仕方がない。先輩の背中にくまの形に切り抜いた紙が貼られている。
伝えようかどうしようか。でも、いきなりべりってはがしたらくまちゃんが可哀想だし、おまけに今の時代男女問わずセクハラで訴えられかねない。
さてどうするか。
私は自分のふせん(ねこの顔の形)をはがして、文字で伝えることにした。
『●●さん 背中にくまがついてますよ』
これでいいだろう。私は先輩がいないすきを見計らってふせんを先輩の机にぺた、と貼る。
しばらくして、先輩か会議から戻ってきてすこし恥ずかしそうな顔をした後、私に視線を向ける。
「これ、また娘にいたずらされたな」
「あぁ、そうだったんですね」
まさかのほっこりエピソードに私は思わず、ふ、と笑わざるを得なかった。
お題『未来の記憶』
小学生の頃、未来の出来事をふざけてノートに書いたことがあった。
その頃は本当に起こるなんて思わなかったんだ。
あれから成長して、一応いい大学出て、大手企業に就職したけどそこがまぁブラック企業で、それで地元に逃げ帰って、今、実家のコンビニの店長として働いている。
あの頃は二十世紀少年にハマってたけど、まさかその主人公と似たような末路を行くとは思わなかった。
いや、今はそこまでだったら良かったんだ。
空が急に暗くなっているのが宇宙人の秘密基地で、UFOがいくつも散らばっては人間を攻撃している。
たしかノートにそんなことを書いた気がする。
俺は恐ろしくなって実家に戻って、わめく母さんをなだめながらその場をやり過ごすことにした。
と、ここまで思い出した。
自分の中に急に流れ込んできた記憶は、未来のものだった。
こんなのはいやだ! 書き換えないと。
僕はタイムカプセルに埋めたノートを取り出すと、悪い記憶が書かれているところを破り捨て、新しく書き換える。
そう、何も起こらず、友だち全員が幸せになるハッピーエンドの話だ。
お題『ココロ』
この単語からぱっと浮かぶのは、ボカロ曲だ。
大体二十年近く前かな。というか、もうそんなに経つのかと驚く。
ココロとかいうそれはそれはとてもエモくて、泣けるストーリーが曲内で展開されていたことを思い出す。ボーカロイドの機械的な歌い方と、ココロを得た後の人間っぽい歌い方の対比が印象的な曲だ。
初めてその曲を聴いた学生時代の私は、感動して泣きそうになった。
そもそもこの時代は、劇中劇みたいなボカロ曲が多かった気がする。
今は、メンヘラだったり病んでる女の子の歌が流行るのかなといった印象。
何年経っても未だにボカロ曲を聴いたり、人が歌ってるのを好む私は、いつの間にか移り変わってた時代を改めて感じるのだ。