お題『君の背中』
足の速さじゃ勝てないから、せめて勉強だけは彼に勝ちたいと思った。
僕には憧れているクラスメイトがいた。
成績優秀で、足も速くて、明るくて、みんなの人気者だった。
僕は、せめてそんな彼といて遜色ないようにしたかった。だけど、足だけはどうにも速くならず、明るい性格にもなれそうにない。せめて勉強だけは頑張り続けた。
そしたら中学になって、追っていたはずの彼の背中をいつの間にか追い越してしまった。運動会では彼はまだ活躍できていたからいいけど、彼は勉強に関してはそこまで努力してなかった。
「俺、近くの高校通うわ」
と言った時、僕のなかでなにかがさめていく感覚がした記憶がある。
それから高校からはなれて、大学で東京に出て、正月に地元へ帰った時、久々に会った彼はあの頃の面影がなかった。
地元で通ってたファミレスで
「あー、小学校の頃にもどりてー!」
と小学生時代と同じように手足をバタつかせているのを見て、僕は過去の憧れに心のなかで終止符を打った。
お題『遠く……』
テレビなんて久しぶりに見る。たまたま音楽番組をつけていた母親が「●●ちゃん、今日も頑張ってるわねぇ」なんて感慨に耽っていた。●●は、俺の幼なじみだ。
あいつは、地元の中で一番可愛かった。絶対に本人に言うことはなかったし、ましてや噂話するにしても俺は絶対に乗らなかった。だってそうしたらあいつの中で俺の存在感が埋没してしまう気がして、ひょっとしたら俺があいつを特別に思うのと同じように俺を見てほしかったのかもしれない。
それが事務所にスカウトされて、今では誰もが名前を知るアイドルグループのメインメンバーに選ばれたことで俺はその他大勢になってしまった。
幼稚園の頃から一緒にいたのに。家だって隣だったのに。小さい頃、結婚の約束をしたのに。もう近くにいることは叶わないのだ。
テレビで歌って踊って活躍する幼馴染の姿を一瞬視界にいれ、俺はリビングから自分の部屋へと戻っていった。
自分の気持ちを素直に伝えられなかった後悔がまた胸のなかを埋め尽くして痛かった。
お題『誰も知らない秘密』
「もう転校する必要がない」
と父さんに言われて今の学校に転校した。どういうことなんだろう、とその時は思った。
だが、教室に入って理解した。
皆、堂々としている。
なぜそう言ったのかというと、皆、各々の得物を取り出して手入れしたり、本来なら話すことすらタブーである仕事の話を堂々としたりしている。
だが、教師が入ってくると皆それをしまい、しん、と静まり返った。
「本日からこのクラスに新しい仲間が増えた。ほら、自己紹介しろ」
うながされて、俺は「佐藤一郎です」といつものように偽名を名乗った。
すると、すかさず後ろの席からナイフが勢いよく飛んできた。俺が体を傾けたので黒板にカンッと当たって落ちる。
俺はナイフを飛ばした相手を把握するとその場から駆け出し、肩に手をかけると椅子ごとそいつを組み敷いた。
俺の下にいるやつがニィ、と歯を見せて笑う。
「お前、スパイか暗殺者のどっちかだろ」
「なぜそう思う」
「そんな名前、本名なわけねぇだろ」
それには答えず、俺は視線だけを返した。
とたんに背後で「お、乱闘か、乱闘かぁ!」と背後で鳴る銃声、「ちょっとやめなよぉ!」という声と同時に鈴みたいな音がなぜか鳴る、それから机を大きく叩く音。
「お前らぁ! 静かにしろ! 内申点下げられたいのか!」
その声に皆、静まり返る。
どうやら、ここは普通の学校ではないらしい。父さんが言っていた意味がわかった。ここは皆、俺と同じように「正体を隠す必要がある」者たちばかりだ。
(なるほど、楽しくなりそうだな)
俺はその場からはなれ、教壇の前に立ち自分の本名を名乗った。
お題『静かな夜明け』
眠れない夜は、じっと目をつむったまま朝を待つ。
しばらく目をつむって、睡魔がいっこうにくる気配がなかったら、諦めて目を開けて部屋の電気をつける。
それから本を読み始めるが、今読んでる小説が面白くていっこうに眠気がこない。
これではいけない、といったんかたわらに本を置く。
スマホはぜったいに触らないと決め、部屋のあかりを消してまた目をつむり、睡魔がくるのを待つ。
眠れない原因は分かってる。普段しない人付き合いをして、良くも悪くも脳が刺激されてしまったせいだ。
静かな部屋だというのに私の脳内はとてもうるさい。
人と話して楽しかった反面、ああすれば良かった、こうすれば良かったと内省する。今のこの眠れない状況に自己嫌悪すら抱きたくなる。
眠くなれ、眠くなれ。
そう頭で念じながら気がつくと、窓の外が明るくなり始めていた。
お題『heart to heart』
新曲を作る会議をバンド内でしている。
目立ちたがりでナルシストなボーカルが
「なぁ、今度の新曲なんだけどさぁ。heart to heart、なんてのはどうだい?」
そう、プリンになり始めている金髪をかきあげながら言った。なんだろう、正直ダサい。
なにか対抗する案はないか、ベースの僕は「えっと……」と考えてる間に気が強い割に今風の大学生みたいな黒髪マッシュ頭のギターが即座に「却下」と言う。
「なんでだよ。お前はいつもオレの案を否定するよね?」
「はぁ? それはオマエがダセーからだろ」
「じゃあ、お前が言うかっこいいタイトルを言ってみなよ」
「そんなもん、いちいちひねらなくていいだろ。たとえば……そうだなぁ……『心から心』とか」
だっ……、と僕が言いかける前に「えぇ……本気で言ってる?」とボーカルが心底ドン引きした顔をした。
「だって最近は、分かりやすいものが流行るだろうがよ」
「わかりやすくたって、個性がなければなんの意味もないよねぇ? 君みたいに」
「はぁ!? それを言うならテメェは、その時代遅れな格好をどうにかしろよ!」
互いに火花を散らすギターとボーカル。
どうしよう。そう思ってさっきから喋ってないドラムに視線を向けた。ドラムはさっきからスマホになにかを打ち込んでいる。
「あのさ、ちょっと見たいんだけど……」
「ん」
僕がそう言うと、ドラムはスマホの画面を出してくれる。なるほど、さっきの二人の案よりずっといい。
僕は二人のところに向かい、「あのさ、ドラムが」と呼んだ。僕に向けてくる顔が二人とも怖い。しかもイケメンだからなおさら怖い。
すると、ドラムが立ち上がって二人に自分のスマホ画面を見せてきた。それは、さっき僕が見せてもらった曲名と歌詞だった。
このバンドは、ドラムのセンスで成り立ってるといっていい。寡黙な彼だけど、一番いい曲を作っているのは彼だ。
それを知ってるから、さきほどまでいがみ合ってたボーカルとギターが顔を見合わせてその場からはなれた。
ギターがさっそく音を出す。それに合わせて即興でボーカルがハミングする。それを聞いてなんとなく僕がベースでルート弾きして、ドラムが即興で合わせる。音が気持ちよく合わさっていく感覚に僕は、しばらく酔いしれていた。