白糸馨月

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お題『遠く……』

 テレビなんて久しぶりに見る。たまたま音楽番組をつけていた母親が「●●ちゃん、今日も頑張ってるわねぇ」なんて感慨に耽っていた。●●は、俺の幼なじみだ。
 あいつは、地元の中で一番可愛かった。絶対に本人に言うことはなかったし、ましてや噂話するにしても俺は絶対に乗らなかった。だってそうしたらあいつの中で俺の存在感が埋没してしまう気がして、ひょっとしたら俺があいつを特別に思うのと同じように俺を見てほしかったのかもしれない。
 それが事務所にスカウトされて、今では誰もが名前を知るアイドルグループのメインメンバーに選ばれたことで俺はその他大勢になってしまった。
 幼稚園の頃から一緒にいたのに。家だって隣だったのに。小さい頃、結婚の約束をしたのに。もう近くにいることは叶わないのだ。
 テレビで歌って踊って活躍する幼馴染の姿を一瞬視界にいれ、俺はリビングから自分の部屋へと戻っていった。
 自分の気持ちを素直に伝えられなかった後悔がまた胸のなかを埋め尽くして痛かった。

2/9/2025, 2:11:36 AM