白糸馨月

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12/10/2024, 11:44:07 PM

お題『仲間』

『仲間だから、助けるのは当たり前だろッ!』
 操られた僧侶を叱咤激励する勇者の様子を水晶玉に映し出しながら、私は反吐が出る想いがした。
 私はこれまで何度も勇者一行に私の配下を派遣してきた。私を殺す存在は跡形もなく排除する必要があるからだ。
 だけど、勇者は仲間と力を合わせ幾度となく配下を殺してきた。正直配下など、私にとって肉の盾であり駒でしかない。
 しかし、勇者はやたら『仲間』という言葉を連呼し、メンバーを叱咤激励している。その姿がやけに目につく。

 その同じ目で私を蔑み、その同じ手で私を理不尽に殴りつけ、その同じ口で幾度となく私に罵詈雑言を浴びせたくせに。

 勇者と私は同郷で、幼い頃、事あるごとに勇者は私をいじめてきた。私は彼が大嫌いだった。
 村に魔物が攻め入った時、生き残ったのは私達二人だけだった。『絶対に勇者になってやる!』と彼が涙ながらに地面を殴りつけている横で、私は魔物に攫われるふりをして彼等に取り入った。
 だから、今この魔王の椅子に座っていられる。

 もうすぐ勇者一行は、私のもとに来るだろう。
 もし来たなら、貴方が口癖みたいに叫んでるその薄っぺらい言葉を完膚なきまでに否定してあげる。

12/9/2024, 11:40:18 PM

お題『手を繋いで』

 ギャラリーがさわがしい。それもそうだ。俺は今、腕相撲大会に参加していて、もう九連勝している。十連勝すれば優勝が決まり、賞金が貰えるんだ。
 次、絶対に勝つぞと息巻いていると次の対戦相手が向かいの席に座る。
 俺は目を疑った。可憐な少女だったからだ。年の頃は大体女子高生か? まぁいい、相手が女の子だろうと容赦はしない。俺には優勝がかかってるんだから。
 そうして、俺は少女と手を組む。白い肌に小さい手、肌質も俺みたいに血管が浮き出た筋肉質なものよりもずっとやわらかい。女の子と手を繋ぐ機会なんて普段まったくない。正直、役得か。
 そんなことを考えてる時に「レディ、ファイッ!」と掛け声がかかる。
 相手が女の子だろうと負けるわけにはいかない。悪く思うなよ。そう手に力を込めた瞬間、少女の手の甲に血管が浮きできたのが見えて、気がついた時には俺の手の甲がテーブルの上に叩きつけられていた。あまりの衝撃に痛みを感じる間もなかった。
 周りから歓声が上がる。俺は今の状況に混乱しながら少女から手をはなすと、ギャラリーの声援に押し流されるように勝負の場を後にする。
 その後も勝負が続いた結果、少女が優勝した。俺はそれまでの間、茫然自失の様子でそれを見続けていた。
 

12/8/2024, 11:22:02 PM

お題『ありがとう、ごめんね』

「なんで『ごめん』ばかり言うの?」
 大学に入って新しく出来た友達にそう言われた。
 私の口癖は『ごめん』。昔から家族だけでなく友達の機嫌をなにかと損ねてしまいがちで気がついたらそれが口癖になってしまった。『ごめん』と言えばとりあえずその場は丸くおさまるからだ。たとえ自分が悪くなくても。
 だが、それが逆に友達の機嫌を損ねたらしい。
「えっと……えっと……」
 ごめんに代わる言葉、代わる言葉と頭の中を探していく。今、友達は私にコーヒー入れた飲み物を持ってきてくれたんだった。
「あ、ありがとう……」
「ん、どういたしまして」
 友達がふっと、やわらかく笑う。そうか、これからは『ごめん』じゃなくて『ありがとう』と言えばいいのか。
 たしかに『ごめん』と言えば人は困ったような顔を見せることだってあった。悦に浸る人もいた。きっとこの言葉のせいでなにかと下に見られがちな人生だったと思う。
 決めた、これからの口癖は『ごめん』じゃなくて『ありがとう』にしよう。

12/8/2024, 5:48:11 AM

お題『部屋の片隅で』

 部屋の片隅に穴を見つけた。引っ越してからすぐのことだった。
 私はその穴を観察した。もし、あの黒くて素早く動く虫だったらどうしよう。いや、もしかしたらあの虫よりも大きいから実はネズミかもしれない。
 でもせっかく引っ越してきた駅近、高層階、南向きの窓、角部屋だったから次にこんなにいい条件を見つけるのは骨が折れるだろう。
 私はまず、棒を差し入れて様子を見た。これであの虫が出たらトラウマものだ。
 だが、しばらく時間が経って棒を取り出してもなにも汚れていないのだ。
「虫はいない、と」
 私は床にはいつくばって穴を覗く。すると、そこなは小さな人間が隅の方に寄ってこちらを恐れている様子でいるではないか。
 こっちも思わず叫んだ。正直混乱した。自分の他に人間が住んでいるという事実に。中にいたのは初老の夫婦だと思う。
 私と彼等はしばらく互いの様子をうかがい続けた。

12/7/2024, 3:37:30 AM

お題『逆さま』

 小説を書くネタが思い浮かばない。とりあえず逆立ちでもすれば浮かぶだろうか。さかさになることで頭に血液が行ってひらめくだろうか。
 僕はさっそく壁に向かって立ち、床に手をつき、足をあげた。
 だが、そこから足を伸ばすことができない。上げた両足はすぐにドンと床を鳴らす。
 ならばもう一度、とさかだちにチャレンジする。勇気をだして足を上にあげた瞬間に勢いで足を伸ばすんだ。
 と思って、伸ばしたら今度は伸ばした足のまま床を打った。
 痛い、すごく痛い。
 そこで僕はようやく思い出す。
 学生時代の僕の体育の成績は「1」とか「2」だったことを。足はクラスで一番遅く、縄跳びも「●●跳び」と銘打つものは出来ず、あぁ、そういえば跳び箱の上で前転することなんて怖くて出来なかったっけ。
 なんでこんな僕が血迷って逆立ちをしているんだろう。
 痛む両足をさすりながら「アイテテテ」と立ち上がって、デスクに戻るとスマホを片手に大人しくお題から連想ゲームを始めた。

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