白糸馨月

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お題『部屋の片隅で』

 部屋の片隅に穴を見つけた。引っ越してからすぐのことだった。
 私はその穴を観察した。もし、あの黒くて素早く動く虫だったらどうしよう。いや、もしかしたらあの虫よりも大きいから実はネズミかもしれない。
 でもせっかく引っ越してきた駅近、高層階、南向きの窓、角部屋だったから次にこんなにいい条件を見つけるのは骨が折れるだろう。
 私はまず、棒を差し入れて様子を見た。これであの虫が出たらトラウマものだ。
 だが、しばらく時間が経って棒を取り出してもなにも汚れていないのだ。
「虫はいない、と」
 私は床にはいつくばって穴を覗く。すると、そこなは小さな人間が隅の方に寄ってこちらを恐れている様子でいるではないか。
 こっちも思わず叫んだ。正直混乱した。自分の他に人間が住んでいるという事実に。中にいたのは初老の夫婦だと思う。
 私と彼等はしばらく互いの様子をうかがい続けた。

12/8/2024, 5:48:11 AM