お題『理想郷』
いわゆる異世界転生というものを果たしてから、オレの人生は最高だった。当然だ。前世では、学校ではイジメられ、家では両親は出来のいい弟ばかりかまけていたからオレの居場所なんてないに等しかった。
転生してもオレの容姿はよくならなかった。それなのに最初からやさしい両親がいて、かわいい幼馴染がいた。
成長して、オレは大して努力しなくても魔法の力が強くて王都にある学校で勉強して、かわいい女の子にも何人か会った。
いろいろあって旅をすることになって、なぜかメンバーが幼馴染を含むかわいい女の子で固められて、そして彼女たちは皆、オレの妻になった(この世界では一夫多妻制が認められてる)。
大して努力しなくても、オレ自身が強くて、かわいい女の子からモテまくって、こここそがオレにとっての理想郷なんだと思う。
「あれ、オレこの物語読んだことあるぞ」
と一瞬思ったが気の所為だということにしよう。
お題『懐かしく思うこと』
最近懐かしいなぁと思うことが増えた。人生、何年も生きていればそういう事態に遭遇することなんてたくさんあるんだけど、最近は私の身の回りで多い気がする。
たとえば、定年して仕事を完全にやめて家にずっといる父が暇だからとドラゴンボールのアニメ全部見ていたり。
自分が幸せじゃないから結局行かなかったけど、高校の同窓会があって、みんな高校生の見た目から年をとったんだなぁと思ったり。
TRPGで一緒に遊んだプレイヤーが今のおじさんおばさんにしか通じないようなネタをアドリブにもりこんできて、「よく知ってんなぁ」とびびったり。
とにかく懐かしい事柄に出会うとなんだか嬉しくなって、それを知ってる人と語り合うとよりテンション上がるんだよな。
お題『もう一つの物語』
あまり好きではない乙女ゲームの『悪役令嬢』に転生した。
ある日とつぜん思考が降りてきて、前世の記憶が走馬灯のように私の脳内をかけめぐったからだ。
この世界はゲームの世界で、私は主人公の恋路を邪魔する悪役としてたびたびゲームに登場する。
絵柄が好みだから買ったゲームだ。かわいいヒロインに、彼女をかこむ周囲のイケメンたち。だが、いざゲームをやってみるとシナリオはひどかった。主人公は主体性がなく、ただ立っているだけで周囲から攻略相手が寄ってくる。全員、そんな主人公に甘い。
私は、そんな主人公に苦言を呈したり、私の婚約者である攻略相手にも進言したりしている。だが、ゲーム内ではそれを「主人公イビリ」と呼ばれる有様。プレイしていた時、この悪役令嬢だけはマトモだったなとはっきり思い出す。
ゲームの通りに行くと、これから私は、女にだらしない婚約者に言い寄られる主人公に「あいつはやめたほうがいい」と言いに行っただけなのに、急に私が悪役にされて、いろいろあって追放されるのだ。
なんとしてでも、主人公や婚約者、他の攻略キャラとされてる男とちゃんと話をしないといけない。私がこのゲームのもう一つの話を作ろう。そう誓ったのだった。
お題『暗がりの中で』
文化祭の出し物で、おばけの役をやることになった。でも、オレ、おばけ苦手なんだよ。
小学校の修学旅行でやった肝試しなんて、女子の後ろに隠れながら叫びまくってたのは黒歴史。以来、テーマパークのお化け屋敷なんて入れないし(それで友達に無理矢理中に引っ張られて泣きを見た)、ホラーゲームなんてプレイできない。配信見てるだけできついからだ。
そんなオレがおばけ役をやることになった。なんでも文化祭実行委員兼リーダーである友達に『オマエがおばけやったら絶対に面白い』って言われてクラス中がそういう雰囲気になったから。
オレは、しぶしぶメイクが得意な女子からの特殊メイクをほどこしてもらって、自分の顔が顔が半分焼けただれて溶けてるゾンビみたいになってて、自分で鏡みて思わずひっと声をあげた。友達がニヤニヤしながら「やっぱ最高じゃん」と言いながらこっちを見てきて、「くそぉ」という気持ちになりながらも配置につく。
暗いカーテンの中からおどかすって役どころなんだけど、そこがもう暗くて暗くてオレのほうが震えてる。
そうこうしているうちに最初の客が入ってきた。別のクラスの女子二人だ。それでも暗がりのなかに人がいるという状況がすでに怖い。
その子達が目の前に来た途端、オレは「ウワァァァ」とゾンビっぽい声を上げながら出てきた。その瞬間、女子達が悲鳴をあげる。その悲鳴が怖くて俺も「イヤァァァァァ!」と悲鳴をあげる。
その後もそういうことが繰り返され、気がつくと一日目があっという間に過ぎていった。
2-Bのお化け屋敷すごく怖いね、おばけも叫ぶんだよって噂が聞こえてきたけど、オレからしたら客も怖い。本当に怖い。だって暗いところから急に人が現れるんだよ?
放心状態になっているオレに友達が肩に手を置く。
「大盛況だった! 明日もよろしく!」
ばしんっと肩を叩かれ、オレは明日も続くという事実に膝から崩れ落ちた。
お題『紅茶の香り』
どうしてか紅茶の香りが昔から苦手だった。
遠い昔に母親が金持ちとの間に俺をもうけて、それからいろいろあって親子ともども捨てられた。
それでも母親は、金持ちに貰われたという過去が自慢なのか、それともすがっているのか、団地の室内を金もないのにまるで判を押した金持ちのような内装にし、事あるごとに紅茶をいれるようになった。
「これは、パパが好きな紅茶よ。とても美味しいの、パパが言うのだから」
と言っても、正直友達のところで飲んだリプトンの紅茶との違いが分からなかった。
それでも母親は、紅茶の香りただよわせる部屋で
「いつかパパが迎えに来てくれるわ」
と言い、ずっと窓の外を眺めている。その痛々しい姿と紅茶の香りが俺の脳裏に焼き付いて、だから苦手だった。
そんな俺も高校を卒業して、家にお金がないから就職して、何年も帰らないでいた。だけど、結婚するってなって、さすがに実家に帰らざるを得なくなって十年ぶりに帰ってきた部屋は相変わらず紅茶の香りで埋め尽くされていた。
「あら、おかえりなさい。貴方」
最近、母親はボケてきて俺のことを捨てた父親だと勘違いしている。
「貴方の好きな紅茶淹れておいたわ」
そうやって無駄に金をかけた白磁のポットを手に白磁のカップに紅茶をそそぐ。紅茶の赤茶色の液体から湯気があがり、いつもの香りで充満されていく。
俺は無言でそれを飲む。やはり味は昔飲んだリプトンと変わらない。俺は俺のことを父と勘違いしている母親にどう結婚の話を切り出すか、味の違いも分からない紅茶を飲みながら考えていた。