お題『突然の君の訪問』
呼び鈴が鳴ったので出たら久々に会う友達だった。大学時代、すごく仲が良かったけど結局就職した会社が忙しすぎて疎遠になっていた。でも久しぶりに顔が見られてうれしい。
「やっほー! 今、あがってもだいじょーぶ?」
気の抜けた感じがする喋り方は相変わらずで私は二つ返事で「いいよー」とオートロックを解錠する。
友達の手にはチューハイ缶がたくさん詰まっているビニール袋があった。私は自分の部屋にうながすと、友達がそこに座る。
「なんだかそうしてると、大学時代に戻ったみたいだね」
「うん! ってか、大学から住所変わってなくてびっくりしたー」
「引っ越してるかもとか思わなかったの?」
「あー……もしちがったらそれはその時って思ってたとこ」
「そういうとこ、変わってないよねー」
「うん!」
そう言って友達は、チューハイを手にしてプルタブを開ける。私も続いて開けると、かんぱーいと缶をぶつけ合ってお互いにグビグビ飲んだ。
「ってか、なんで急に来ようと思ったの?」
と私が聞くと、友達がんーと笑みを浮かべた後、急に体をくっつけてきて頭を撫で始めた。
「なぁんか、X見ててさぁ。最近元気なさそうだなぁって思って。きみの彼氏? 最近、別の女の子との画像上げ始めてるしさぁ。そこからきみのツイートがなんだか元気なさそうで」
「あ、バレちゃった?」
「だから、もしかしたら元気なくしてるかなと思って来ちゃったぁ」
そう思った瞬間、私の目から涙がこぼれた。
「そう、もう別れたの。その女、浮気相手ぇ」
「うわ、マジでクソじゃん! もう今日は飲もう!」
「うん、来てくれてありがとう」
そう言って私は友達にくっつきながら勢いよく缶をあおった。
お題『雨に佇む』
顔がいい男は雨にうたれているとより一層魅力が増すものだ。私はテレビを見ながら思わず「尊い」とこぼす。
横にいた夫がムッとした顔をしながら、なにを思ったのか急に外へ出た。今、外は大雨だ。
「えっ!? なに?」
私もあとを追いかけると、夫がテレビの俳優の真似をして雨に打たれていた。正直夫はイケメンでもなんでもない。俳優と違って背が高いわけでもなければ、すらっとしていない。どちらかというと腹は出てるし、ガタイがいい。おまけに髪型も床屋で短く切ってきただけの清潔感しか備わってないものだ。正直、絵にならない。ただ、私が他の男にうつつを抜かしているのが気に入らないのだろう。推し活に関しては「いいよ」と言ってくれるくせにだ。
私はため息をつくと、夫に
「そんなんで風邪ひいたらバカだから家に入んなね」
と言う。その言葉に夫はすごすご戻っていく。私はゆるゆる洗面所に行き、バスタオルを持ち出すとそれを夫に渡す。
「えへへ。テレビの俳優は濡れてもこうやって君からバスタオル渡してもらえないもんね」
と笑って言うから、アホなやつ、と私も呆れながら笑みを浮かべた。
お題『私の日記帳』
母から日課にするようにと渡された日記帳に日々の思ったことをいろいろと書いている。だけど、最近は学校生活のことなんて書くことが同じでつまらなくなってきたので、どうせならと、最近ハマっているコンテンツの推しを主人公にしてお話を書くことにした。ジャンルはBLだ。
推しにはライバルとなるキャラクターがいて、公式ではお互いにバチバチしあっているけど、その関係性がエモくて興奮するから萌えるし今こうして形にしてしまっている。
そうすると日々、日記を書くのが楽しくなってしまった。
ある時、その内容が母にバレてしまった。べつに人の日記を読むという無粋なことはしない。ただ、日記帳を開きっぱなしにしていた私が悪いのだ。それがちょうど洗濯物を置きに来た母の目に入ってしまった。
あわ、あわと震える私を横目にして、母は息をつくと
「ついてらっしゃい」
と私をうながした。
部屋から出て、案内されたのはうちのわりと大きな本棚だ。そのわきに鍵穴がある。母はそこに鍵をさしこむと、本棚をスライドすることができるようになり、そこには大量のうすい本が置かれているではないか。
「ママ?」
「勝手に見たのはごめん。だから私も、と」
「いや、あの……」
「どうやら血は争えなかったみたいね」
そう言って母は謎にサムズアップした手を私に向けてきた。私は母も腐女子であった事実に困惑しつつ、またサムズアップしてなぜか母と乾杯みたいなことを交わした。
お題『向かい合わせ』
鏡と向かい合わせになっても自分の姿をみることはできない。私は吸血鬼でそういう風に体が作られている。人間と同化できる特殊な薬を使えば映ることができるので、今のところ学校の友達にバレていない。だが、今問題が発生している。
朝飲んだ薬の効果がきれかけている夕方に鏡に映っている自分の姿が薄れてきている状態の時にクラスの男子に見られてしまった。
まずいと思ってとっさに逃げようとしたが、男子に「待って」と呼びとめられる。とくにおどろいた様子がないことが逆に不思議だ。
「もしかしてとは思ってたけど、お前、やっぱヴァンパイアだったか」
しかも正体を言い当てられ、私は思わず警戒する。
どうしよう。こいつの血を吸って記憶を改ざんさせるか。
私は構えをとる。だが、彼は
「警戒しなくていい、俺はダンピールだから」
「ダンピール……」
なら、なおさら警戒を強めるしかない。私は戦闘態勢に入り、彼に飛びかかろうとした。が、腕を掴まれてとめられる。
「いきなり襲いかかんな。俺はヴァンパイアハンターじゃねぇから」
「じゃあ、なにが目的?」
「どうもしねぇよ。ただ……」
彼は視線をあさっての方向に向ける。ダンピールは、今は数が少なくなったとはいえヴァンパイアハンターを生業にしている者が多いので警戒対象だ。だから油断してはいけない。
だけど
「なんか、俺以外にも人間じゃない存在がいたんだなって思ったら、すごく安心した」
そう彼が照れくさそうに笑った。その笑顔に拍子抜けして私はとっさに手をはなす。
「私を殺さないの?」
「嫌だよ、そもそも人を殺したくない」
「でも、私のこと」
「誰にも言わねぇよ。俺の正体だって、お前しか知らないんだし」
そう言って、彼はきびすを返して、「じゃ、また明日学校で」と手をあげて軽く振った。
窓からさす西日が意外ときつくて思わず夏でも着ている長袖パーカーのフードをかぶる。
「ダンピールのくせに、へんなひと」
私はさっきのクラスメイトに思いを馳せながら、日光を避けるよう早めに帰路についた。
お題『やるせない気持ち』
サークルの同期の挙式と披露宴に呼ばれた。正直、その子とはすごく仲が良いわけではなかったけど、親しい友達が参加するから久しぶりに会いたくて参加した。
そうしたら、ものすごい数の新婦側の参列者がいた。私達はそれにおののいた。でも、果たしてこの中に新婦と親しい人間はいるのかと思う。席次表を見ると、私達大学の同級生から高校、中学、小学校、さらには会社の人と……たぶん、知り合い全員呼んだのではないかという具合だ。
さて、いよいよ新郎新婦の入場が来た。
ただでさえ、名のしれたホテルの大きなステンドグラスが目立つ式場だけでもすごいのに豪華なオーケストラの演奏までついてる。
そして、重たい扉から出てきたのは長身痩躯の目鼻立ちが整ったイケメンだった。
その時、私は暗澹たる気持ちになった。新婦には日頃からイジられてた。不快なのも含めて。だから、親友がいなければ欠席しようと思っていた。
私のことをコケにしてきた女がイケメンをつかまえ、噂によるととんでもなく年収が高いという。
本当ならそのイケメンにその女がいかに性格が悪いか、思い知らせてやりたいがせっかくのお祝いのムードに水をさしてはいけない。
続いて、新婦が父親と入場してくるがウェディングドレス姿を見て「きれい」と言葉をかけてやる気が失せた。
私は顔を笑顔に固定したまま心のこもらない拍手を続けた。