白糸馨月

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8/12/2024, 11:33:08 PM

お題『君の奏でる音楽』

 昔好きで遠征までして追いかけていたバンドがある。そのバンドは、今ではメジャーで毎回ドラマ主題歌に抜擢されるほど。
 だけど、私は正直昔の音楽の方が好きだった。
 今は万人受けするような明るい歌詞とか、応援歌とか、ありふれた恋愛模様とか……そんなことばかり曲にするようになってしまった。
 昔は、それはそれはもうクズ男の描写が上手かったり、それに泣かされる女の描写が上手かったり、メジャーにいる人達を妬んだり、そういう歌詞ばっかりだった。きわめつけは、ボーカルの歌い方は独特な響き方をしていて私はそれがすごく好きだった。ギターもベースもドラムももっと激しかった。
 だけど、今はボーカルの独特な響き方は変わらないというかむしろそれを聴くと「あっ、あのバンドだ!」と言われるくらいにはなっているが、昔みたいな荒々しさが全体的に欠けてて、ポップスによくあるようなバイオリンみたいな音をたくさん入れるようになった。たしかに著名な音楽プロデューサーに目をつけられてその人に編曲してもらってからそのバンドは爆発的に売れたけど、私からしたら「なよっちくなったなぁ」という印象だ。
 もうそのバンドを追ってないけど、昔の音楽はずっと好きだから、気が向いた時に荒々しかった頃の音楽を聴いて今日も懐かしい気持ちに浸るのだ。

8/12/2024, 3:07:22 AM

お題『麦わら帽子』

 憧れの灯台守がいた。そのひとは、いつもつばが広い麦わら帽子を被っていた。
 背が高くて、筋肉質で、黒い髪は短くて、眉は濃いのにどうしてか僕はその人を見て、「きれいだな」と思ってしまった。
 背筋が伸びた立ち方のせいか、筋肉のつき方がきれいだからか、今考えるとそういった理由は思いつくがその頃の僕はただ「きれいだな」という感想しか抱かなかった。
 そのひとはいつも僕に海の中に住む人魚の話を聞かせてくれた。海の中は、たくさんの魚と人魚が共生してて、立派なお城だってある。南の海のサンゴ礁はきれいだとか、冷たい北の海だと鳥も泳いだりするとか。
 だけど、人魚に男は存在しないという話を聞かせてくれた時、その人はどうしてか悲しそうな顔をしていた。ただとなりにいることしかできなかった。
 
 最後に会ったのは、二十年前の大雨で津波が来るかもしれない時だった。両親からは家にいなさいと言われたが、僕は灯台守が心配になって外へ出てしまった。
 大雨に打たれて、強風に抗いながらどうにかたどり着いた場所で灯台守は立っていた。
「ねぇ、お兄さんもはやく戻ろうよ!」
「ごめん、そうはいかねぇんだ」
 灯台守は悲しそうに笑うと被っていた麦わら帽子を僕に被せてきた。
「すまねぇが、俺ぁちょっと戦ってくる!」
「え? たたかうって?」
「この海を荒らしてる悪い奴がいるんだ! そいつは凄まじく強い。俺はここに戻れないかもしれねぇ!」
「そ、そんなの嫌だよ。絶対帰ってきて!」
 帽子をおさえながら僕は泣いた。そしたら、お兄さんが笑って
「そうか。お前、俺のこと待っててくれるんだな。じゃ、その麦わら帽子、預けておく。またな!」
 僕の頭を麦わら帽子ごしになでると、お兄さんの姿が変わっていく。着ている服が破れて、足は魚の尾びれに、背中に背びれが生える。それから間もなく、海に飛び込んだ。
 僕は必死にお兄さんの名前を呼んだけど、帰ってこない。やがて、僕を探しに来た父によって家に連れ戻されてしまった。
 それからしばらくして、雨と風がやみ、もとの穏やかな海に戻ったけど、灯台守のお兄さんが帰ってくることはなかった。

 今の僕は灯台守として、住み慣れた街の海を見続けている。頭に被っている彼から貰った麦わら帽子はもはや僕のトレードマークだ。背は、あの頃のお兄さんよりすこし伸びて、筋肉だって日頃からきたえているおかげで、お兄さんよりずっとごつくなってしまった。
 平和な日常のなかで、僕は灯台守をしながらお兄さんを待ち続けてるようなものだなと思う。
 ある時、灯台の近くで水面から顔を出している人魚に遭遇した。女性の人魚ならたまに会うが男性の人魚は珍しい。
 その人魚はまだ子供で、髪が黒く短く、するどい背びれが生えて、群青の尾ひれをしている――まるで、それはあの時僕が見たお兄さんの本当の姿そっくりだった。
 僕と目が合うと、その人魚は恥ずかしそうに水面に潜ろうとした。
「まって!」
 走ってその人魚を呼ぶ、あやうく飛び込みそうになる。人魚はちら、と僕を見ている。
「君、お兄さんとすこし話をしないかい?」
 我ながら口説いているようだと思う。だけど、いてもたってもいられなかったんだ。
 人魚は僕をすこし見つめた後、頰を赤らめながら嬉しそうに笑った。見えたとがった八重歯がお兄さんを彷彿とさせて、僕もなんだか嬉しくなった。

8/11/2024, 3:31:50 AM

お題『終点』

 はやくこんな状況から抜け出したい。でも、無理なんだ。
 男は電車の端の席で手すりに寄りかかりながら口を開けている。寝ているのではなく、日頃の激務と上司に無理矢理連れて行かれる酒の席のせいだ。
 転職しようにもそんな暇などなく、職場の人間からいいように使われ、弱い酒を無理矢理飲まされても断れない、男は途方に暮れていた。
 アルコールのせいでぐるぐる回っている脳内に
『次は終点、●●駅ー、●●駅ー』
 というアナウンスが聞こえてくる。だが、男にはもう体を動かす体力なんて残されてなかった。それに今乗っている電車は終電だから、この電車は車庫へと向かう。
 終点なら、駅員が巡回に来て、降りない客がいたら降りることを促すものだ。
 だが、男のもとにはそれがなく、扉が閉まっていく。
 それから、また電車が動き出す。

 男の脳内にこんな声が響き渡った。
『答えよ。ここから先へ行けば元の世界には戻れない。それでもいいか?』
 と、男は酔った頭で首を縦に振った。
 その瞬間、周囲の風景が歪み、暗くあたりが光かがやいているだけの空間になり、電車はそこを走り出した。

 夜空のなかを走る電車のなかで、男の酔いはさめていく。意識もクリアになっている。
「ここは?」
『お前はこれでもう、元の世界に戻ることはなくなった』
「なん、で」
『お前が我の声に応えたからだ。お前が元の世界に戻っても奴隷のような生活を送ることになるだろう? それに帰りを待つ家族もいない。家族はお前の給料をあてにしているだろう、だから過度に働く割にいつもお前はお金に困っている』
 それを聞いた瞬間、男の目から涙がこぼれてきた。たしかに電車のアナウンスを通したおそらく車掌の言う通り、元の世界に帰っても待っているのは地獄だった。会社で奴隷のような扱いを受けてることも、一人暮らししてても家族が男の口座から給料の八割を抜き取ることも、全部このアナウンスされてる声は知ってるのだ。
「ありがとうございます。僕をこんなところから救い出してくれて」
 目の前に誰もいないのに、男は立ち上がって頭を下げた。

8/10/2024, 1:43:14 AM

お題『上手くいかなくたっていい』

 失敗したら私の人生は終わる。学校内での私の立場は低く、ただでさえいじめられていたのにすこしでも失敗したら私一人だけ指をさされて笑われるような環境にいた。
 だから、誰よりも勉強をがんばって、運動も人の足を引っ張らない程度にまで水準を上げて、見た目も痩せたり化粧を覚えたりした。
 私は自分が完璧でないと足元をすくわれると思っている。
 だけど、大学に入ったテニスサークルで運動もできなければ、知能も低い女子と出会った。おまけに見た目もださく、言葉遣いはなまっていた。
 それなのにその子の周りには人だかりが出来ていた。何度レシーブに失敗しても、サーブに失敗しても皆が笑って彼女に手を差し伸べていた。その女子は申し訳無さそうにするわけでもなく、萎縮するでもなく、ヘラヘラ笑っていた。正直、見下してた。
 ある時、私は試合でミスを連発した。初めてのスタメンで緊張していたなんて言い訳だ。負けた時、私はいたたまれなくなってその場からはなれた。
 皆が私を責め、居場所がなくなると思ったからだ。
 恥ずかしい、消えてしまいたい。
 そう一人、誰もいないところを見つけてうずくまっていたら横から頰に冷たいものが押し当てられた。
 件の女子がにこにこ笑いながら私に冷たい水をすすめている。
「お疲れ様ぁ、試合」
 だが、その瞬間、女子が驚いたような顔を見せた。
「わぁ、そんな睨まんといてよぉ」
「え、私にらんでた?」
「うんうん、顔、こわぁってなってたよぉ」
 怖い顔にもなるわ、と心のなかでつぶやく。私は失敗を演じて大敗したのだ。チームメイトに合わせる顔がない。
 そんなとき、彼女が私の横に座った。
「試合終わったら急にいなくなるんだもん。みぃんな、心配しとったよぉ?」
「私、辞める」
「えぇ!? なんでぇ?」
「私、チームにいらないから」
 私はうずくまって、顔を伏せる。もう泣きそう。だから、こんな顔、誰にも見られたくない。見られたら笑われる。もう終わりだ。
 そしたら、背中に触れられた。
「そんなことないよぉ」
「そんなこと……」
「上手くいかなくったっていい。私なんて見なよぉ、あなたよりずっと失敗しとる。でも皆、受け入れてくれてるだろ?」
 なまりがきつい言葉で私を励ましてくる。今まで関わらないようにしてきた。昔の私なみにできないくせに友達が多いから、嫉妬してた。話したらいじめしまいそうだったから。
「はは、人間できてるなぁ」
「なに?」
「いや、なんでも。でも、しばらくこのままでいさせて」
「うん、わかった」
 となりにいてくれる彼女の横で、私は恐れと悔しさと嬉しさがないまぜになった感情の波をひざを抱えてうつむいてこらえることにした。

8/9/2024, 4:07:17 AM

お題『蝶よ花よ』

 蝶よ花よと育てられた妹が齢三十にして一人暮らしを始めるらしい。「だから、おねーちゃんがサポートしてあげてね」と親からLINEが来た時、正直げんなりした。
 妹は、言葉を話すのが遅くて親がつきっきりで面倒見たり、学校になじめなくて不登校になっても親は「行かなくて良いからね」と甘やかした。さすがにそんな状況は私が看過できなくて、一度妹を無理矢理学校に連れて行ったら、校門の前で大声で泣くし、呼び出された親にものすごく叱られた。
 それ以来、あまり関わらないようにしてきたし、高校卒業したら速攻一人暮らしを始めた。「おねーちゃんはしっかりしてるもんね」と親から言われて、すんなり許してもらえた。
 大学になって以降、社会人になっても、あまり帰省をしてこなかったし、最近帰省したのなんて私が結婚を決めた時に夫を連れてきたことくらいだ。
 ようやく『私の家庭』が持てると思った矢先にこのニュースである。「やだ、面倒見たくない」とつっぱねたが、「そこをなんとか」と親に言われて私は今、しぶしぶ妹が住むマンションに来てしまった。引越の荷物はもう運んであるとのこと。
 中に入ると、ごった返した部屋の中で箱から出した年季が入ったくまのぬいぐるみと会話しているロリータ姿の妹とご対面。引越の片付けをなにもしようともしない。もうこの時点でいらいらする。
「来たよ」
 と声を掛けると、妹がびくっと体を震わせて、ぬいぐるみで口許を隠しながらこちらを盗み見るようにした。妹は、両親以外とは会話ができないのである。
 私はため息をつきながら、梱包されてるたなのビニールを破る。それから、たくさん置かれてる箱の一つを無遠慮に開ける。なかからアニメ調イラストのイケメンを模したぬいぐるみだの、アクスタだのポスターだの、まぁいろいろ出てくる。
 無言で適当にそれらを棚に並べると妹が横に立ってぬいぐるみを抱えながら見つめてくる。
「え、なに?」
「それ、ちがう」
「はぁ!?」
 ぼそぼそ喋る妹についにいらついて私は立ち上がって彼女に迫る。
「だったら、自分でやんなさいよ! 自分の部屋でしょうが!」
「だっ、だだ、だって……今までママとパパがやってくれたから、やり方わかんない」
 いい年した妹の目に涙が浮かぶ。私は頭をかきながら荒い息をつくと
「じゃあ、あんたなんで一人暮らししようと思ったのよ!」
「そ、それは……そろそろ三十歳だから、自立したいなって、おもって」
 ほぉん、そういう考えはあるんだ。ということに私は驚く。どういうきっかけでそうなったか分からないが、そう思ったこと、その時点で妹を見直すことにしよう。
「わかった。じゃあ、どこになにを配置すればいいか教えなさいよ。あんたこだわりありそうだから分かるでしょ」
「う、うん!」
 それから私は夜通し、妹の部屋のセッティングをやった。私がほとんど七割やって妹はどうしていいか分からない時があって時折突っ立ってることが多かったけど、
なんだかんだ妹だからこそ、どうにかしてあげたくなるんだなと思い出した。どうやら、私は蝶よ花よと妹を甘やかした両親と根本が変わらないのかもしれない。

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