白糸馨月

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お題『上手くいかなくたっていい』

 失敗したら私の人生は終わる。学校内での私の立場は低く、ただでさえいじめられていたのにすこしでも失敗したら私一人だけ指をさされて笑われるような環境にいた。
 だから、誰よりも勉強をがんばって、運動も人の足を引っ張らない程度にまで水準を上げて、見た目も痩せたり化粧を覚えたりした。
 私は自分が完璧でないと足元をすくわれると思っている。
 だけど、大学に入ったテニスサークルで運動もできなければ、知能も低い女子と出会った。おまけに見た目もださく、言葉遣いはなまっていた。
 それなのにその子の周りには人だかりが出来ていた。何度レシーブに失敗しても、サーブに失敗しても皆が笑って彼女に手を差し伸べていた。その女子は申し訳無さそうにするわけでもなく、萎縮するでもなく、ヘラヘラ笑っていた。正直、見下してた。
 ある時、私は試合でミスを連発した。初めてのスタメンで緊張していたなんて言い訳だ。負けた時、私はいたたまれなくなってその場からはなれた。
 皆が私を責め、居場所がなくなると思ったからだ。
 恥ずかしい、消えてしまいたい。
 そう一人、誰もいないところを見つけてうずくまっていたら横から頰に冷たいものが押し当てられた。
 件の女子がにこにこ笑いながら私に冷たい水をすすめている。
「お疲れ様ぁ、試合」
 だが、その瞬間、女子が驚いたような顔を見せた。
「わぁ、そんな睨まんといてよぉ」
「え、私にらんでた?」
「うんうん、顔、こわぁってなってたよぉ」
 怖い顔にもなるわ、と心のなかでつぶやく。私は失敗を演じて大敗したのだ。チームメイトに合わせる顔がない。
 そんなとき、彼女が私の横に座った。
「試合終わったら急にいなくなるんだもん。みぃんな、心配しとったよぉ?」
「私、辞める」
「えぇ!? なんでぇ?」
「私、チームにいらないから」
 私はうずくまって、顔を伏せる。もう泣きそう。だから、こんな顔、誰にも見られたくない。見られたら笑われる。もう終わりだ。
 そしたら、背中に触れられた。
「そんなことないよぉ」
「そんなこと……」
「上手くいかなくったっていい。私なんて見なよぉ、あなたよりずっと失敗しとる。でも皆、受け入れてくれてるだろ?」
 なまりがきつい言葉で私を励ましてくる。今まで関わらないようにしてきた。昔の私なみにできないくせに友達が多いから、嫉妬してた。話したらいじめしまいそうだったから。
「はは、人間できてるなぁ」
「なに?」
「いや、なんでも。でも、しばらくこのままでいさせて」
「うん、わかった」
 となりにいてくれる彼女の横で、私は恐れと悔しさと嬉しさがないまぜになった感情の波をひざを抱えてうつむいてこらえることにした。

8/10/2024, 1:43:14 AM