白糸馨月

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8/4/2024, 11:48:06 PM

お題『つまらないことでも』

 子供の頃、とある剣士に弟子入りしていた時期がある。その剣士は魔王を倒したメンバーのうちの一人だ。
 ただの憧れから「剣士様みたいに強くなりたいです」と言って、剣士もこころよく受けてくれた。
 だけど、その修行内容はとてつもなくつまらなかった。
 倒される練習と、素振りをするだけ。たまに剣士に打ち込むことをするだけ。いっこうにモンスターと戦わせてくれない。
 だから一回、剣士の目を盗んで村の外へ出て魔物退治に出かけたことがある。ザコだと思っていた魔物に苦戦した。
 倒される練習を怠ったからダメージが余計に増えるし、剣を振るパターンも覚えきれておらず敵に対処出来なかった。散々ダメージを食らって死にかけた。
 師匠が俺を助けに来てくれなければ俺は今この世にいないだろう。
 あれから心を入れ替えてひたすら同じことを繰り返し、実践もさせてもらえるようになり、いつしか俺は師匠のおかげで近くの王都の騎士団に所属するようになった。
 つまらないことでも、鍛錬を地道に積んだ成果である。その結果、今は騎士として様々な人を助けることができているのだから。

8/4/2024, 2:25:50 AM

お題『目が覚めるまでに』

 誰よりも早く目が覚めた俺は、部屋に来てくれた友達たちのひどい有様に思わず笑みを浮かべる。
 その日は俺の引越で、荷物を運ぶ手伝いに来てくれたついでに部屋で飲み明かしていたらそのままいくつか屍が転がっているような状態になっていた。
 俺はふと、床に転がっている『マッキー』に目がいった。これは何かの天啓かと思った。
 笑いを必死に噛み殺しながらマジックを拾うと、まずいちばん近くにいる友達の横にしゃがむ。これは、友だちの目が覚めるまでに行わなければならないミッションだ。と自分に言い聞かせる。
 起こさないようにそっと、そぉっと額に『肉』と書く。
 それからまた移動して、今度は別の友だちに簡単な目玉を、一人いるイケメンの友だちにはなんとなくどこかの漫画で見たことある十字架のマークを書いてあげた。
 さて、起きた時の反応が楽しみだな。
 俺は口笛を吹きながらポケットにタバコをつっこんで、楽しい気持ちになりながらベランダに出た。

8/3/2024, 2:44:34 AM

お題『病室』

 全身麻酔を受けてから手術した後の話。
 手術してから二十四時間は本当に地獄だ。なにせずっと寝ていないといけないから。
 手術終わって目が覚めて、看護師が部屋を暗くしてくれているので実はいくらでも眠れる。かたわらに暇つぶし用の本とか、スマホとか置いてあるけど、それを手に取るのすら実は億劫だったりする。
 体を起こしてはいけなくて、寝続けているのもしんどいが一番しんどいのはトイレにもいけないこと。
 トイレに行けない代わりに尿管に管がささってて、まぁそれの感覚が痛いというよりも気持ち悪い。看護師が感覚を調整してくれるがそれもマシになった程度だ。
 だから、全身麻酔をした日は早く二十四時間経ってくれないかなと、ボーッとした頭で病室の無機質な天井を見つめながら思うのである。

8/2/2024, 4:07:43 AM

お題『明日、もし晴れたら』

 明日、もし晴れたら遠くに出かけよう。
 そんなの、百年くらい昔の話だ。俺のひいおじいちゃんとか、ひいおばあちゃんの時代は外へ出ていろいろなところへ出かけたらしい。
 俺達の時代は違う。今の二一〇〇年代の日本の夏に空が晴れたら死を意味する。日本に四季があったなんて、昔の話だ。今や日本はとんでもなく暑い常夏の国として知られてて、外へ出かけられるのは昔の日本で言うところの冬の時期だけだ。それでも気温は二〇度を超える。夏に外へ出る時はキンキンに冷えた防護服を着て太陽の光から身を守らないといけない。昔はあったらしい草木も今は太陽光で枯れてしまっている。水があってもすぐ蒸発してしまうからだ。
 だけど、百年以上前は海とか行けたんだろ。外で花火を見られたり、新宿とか渋谷で買い物したり。
 今となっては、海で水着を着たら全身火傷して死ぬし、花火は動画サイトかプロジェクションマッピングで見るものだし、新宿や渋谷のビルは皆地下に移動した。
 外に出られなくなった俺の楽しみは、VRの世界に行くこと。これなら天気に左右されずに家にいながらいろいろなところへ出かけられるからな。

7/31/2024, 11:53:08 PM

お題『だから、一人でいたい』

 クラスの目立つ女達に囲まれて
「あんたとアキトじゃ、つり合わないから」
 みたいなことをいっせいに言われた。当然だ。学年で一番人気がある男子と、クラスで孤立している幽霊みたいな女子が付き合うなんてありえないことなんだ。
 だから教室から逃げ出して、屋上へ行って一人ひざを抱えている。
 泣いていると、目の前に人の気配がした。でも、顔が上げられない。
「まなつ」
 親がつけてくれたネクラな私に似合わない名前でアキトくんは呼んでくれる。名前で呼んでくれるのは、学校ではアキトくん一人だけだ。
「わかれよう、アキトくん……」
「なんで」
「釣り合わないよ、私たち」
 自分が涙声なのが情けない。ちら、と顔をすこしあげると背が高いアキトくんがしゃがんでくれている。なんだか顔を見ることができない。
「私みたいにどこ行ってもいじめられる人とアキトくんが一緒にいたら、アキトくんの価値が下がるって……」
「それ、あいつらが言ったのか?」
「そう、だけど……一緒にいてくれるのがいまだに信じられない私もいて……」
 喉のおくがつっかえて、うまく言葉が出なくなる。学校ではできるだけ泣かないようにしていた。私が泣くと、みんなが笑うから。
「だから、私……一人でいたいの、ひ、一人にもどりたいの……」
 もうこれで思い残すことはない。いつもの一人だけの生活に戻るだけだ。私が存在しているだけでクラスでひそひそ陰口をたたかれ続ける生活に。
 そうしたら、急にアキトくんに抱きしめられた。アキトくんの腕のなかは温かい。
「そんな理由だったら、俺はやだ。俺は君のことが好きだから付き合ってるんだよ。笑うと可愛くて、君が繊細でやさしいことをしってからもっと好きになった。だから」
 アキトくんの腕に力がこもる。
「そんなこと言わないで。守れなくてごめん。なんか言うやついたら、俺が守るからっ……」
 声がふるえてる。この人は本当に私のことを大切に思ってくれてるんだ。そう思うと、こらえていた涙がせきをきったように溢れ出してきた。

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