お題『狭い部屋』
目が覚めると、薄暗い白い部屋に閉じ込められていることに気がつく。
部屋は狭く、部屋の中心から前後左右に三歩ずつ歩けば壁にたどり着いてしまうほどだ。
電気はついているが、すこし大きめの豆電球を吊るしただけのもので、ときおり点滅している。
部屋に扉はなく、俺は途方に暮れて部屋の真ん中で膝を抱えた。
そんな時、上から声が聞こえてきた。ラジオみたいにときおり声にノイズが入っている。
『今から君のことをテストしようと思う。今から出す問題に答えよ。もし答えられなかったり、不正解だった場合、部屋は前後左右から徐々に圧迫されるだろう』
実際に外から重たいものを持ち上げているとわかる金属音が聞こえてくる。それにこころなしか壁がミシミシ言う音も耳に入ってきている気がする。
『では、問題――』
冷たく不快な汗が全身から吹き出している状態の俺は、つばをのみこんだ。
お題『失恋』
『別れてほしい』
とLINEが来たので、スタンプで『了解』と押した。向こうからは返事はないが、正直そこになんの感慨もわかないことに自分で驚いていた。
べつに好きでも嫌いでもなく、とりあえず彼氏が欲しかったから付き合っただけだ。彼は最初から私に気持ちを伝え、事あるごとに「好き」と言われ、付き合ったその日にいきなり口づけされた。
だが、それとなく手をつなぐのを拒んだり、「公衆の面前で好きっていうのやめて」と幾度となく言って、そのたびに「これらは譲れないんだ」なんて言われて聞いてもらえなかった。
こうなることは、もう時間の問題だったと割り切ってLINEを閉じると、ニュースサイトの通知が入ってくる。
『【速報】A、一般女性との入籍を発表』
その瞬間、私は寝転がっていたベッドから転げ落ちた。Aは私が心酔しているイケメン俳優で、出来れば彼みたいな人と付き合いたいと日頃から願っていた。
「嘘だ。こんなの……絶対、嘘だ……」
向こうは私のことなんか知らないが、私はテレビドラマやら通った舞台やらで彼のことを知った気になっている。推しの入籍というニュースに、私は心の穴が急にペンチで開けられた気分になった。
お題『正直』
俺は今、殺人事件の容疑者にされている。理由は、第一発見者が俺だからだ。死体を見つけたから通報して、今取調を受けている。
だが、顔が上げられない。目の前の刑事がすごみをきかせてこちらに身を乗り出しているからだ。おまけに顔は鬼のようにおそろしく、体格はゴリラのようにたくましかった。
「正直に答えろ。お前は、やったんだろう?」
額や手から汗が流れて腕や唇が震える。だが、ここで認めたら俺は牢屋に入れられてしまう。しばらく出てこられないだろう。
「ぼ、ぼぼ……僕は、やってません……」
「あぁ? 嘘をつくな!」
刑事が取調室の机を思い切り叩く。その振動が俺の体に伝わり思わず飛び上がった。
「もう一度聞く、お前はやったんだな?」
「だ、だからやってません」
「嘘をつくな!」
また刑事が机を叩く。
「お前はあの日、現場にいたなぁ? なにをしていた?」
「ぼ、ぼぼ……僕は、ただ通りがかっただけ」
「ただ通りがかっただけの人間がそんな挙動不審なわけないだろ!」
たしかに俺は普段挙動不審と言われがちだ。人に話しかける時も声が震えるし、人がいる時はどう立ち振る舞えればいいかわからないしで、気味悪がられてきた。
だが、突如として取調室の扉が開かれる。
「犯人をたった今確保しました! その者は犯人ではありません! 証拠もあります」
若い刑事が入ってくる。俺の取調を担当していた刑事が舌打ちすると、
「帰っていいぞ」
と取調室から出る。俺は拍子抜けして椅子から滑り落ち、膝立ちで呆然としていた。
お題『梅雨』
激しい雨音に目が覚めた。今日は夕方からジムへ行こうと思っていた。
だけど、雨はいつやむかわからない。正直、雨の中を歩きたくない。
私はスマホを開いて、今日入れていたスタジオレッスンの予約をキャンセルした。
ふと、こういうことをここ一週間繰り返していることに気がつく。そういえば前にキャンセルしたのも雨のせいだっけ。
「梅雨が来たんだ」
とぽつり、呟いた。
お題『無垢』
彼氏に隠していた同人誌が見つかってしまった。だいたいが男同士の恋愛モノだ。彼氏が
「これなぁにぃ?」
って見せてきたので、私は思わずその場に倒れてしまった。
「あれ、なんで倒れたの?」
上からのぞきこむ彼氏は本当に心配そうにしている。私はすぐさま起き上がった。
「今見たものは記憶から消去してほしい!」
「え、なんで?」
「世の中には知らない方がいいことがあるんだよ」
「えーなにそれ意味わかんない」
困惑するのも無理はない。私みたいな隠れて腐女子をやってる身からすると、人に見つかると死にたくなるものだ。だが、彼は付き合った時からなにもかも全てオープンにしてきた。
マッチングアプリで同じアニメと漫画が好きで付き合い出したが、彼と私では好きの種類が違う。彼はただのアニメ好きで、漫画好きだ。『二次創作』なんて単語は知らないし、Pixivも見ない。
だが、
「っていうか、こんなのあるんだねー。ってか、絵きれいすぎじゃない? 原作はもっとちがうよ。それにAとBはこんな抱き合わねぇし」
そう言って、彼は同人誌を私に返してくる。
「こんなAとBが抱き合ってる表紙とか、興味本位で読みたくなるけど、読んでほしくないなら返すよ」
彼の寂しそうな顔に罪悪感がわきあがったが、それと同時に彼の心遣いに私の心があたたかくなる。
「うん、そうしてくれると助かる。ところで今日、なに食べたい?」
「オムライス」
「わかった」
せめて彼の好きなものを作る。私は安心した。自分のことを棚に上げて、彼の純粋にストーリーとかキャラを追うところに好感を抱いていたから。
だから彼をこっち側の世界に踏み入らせないことが出来て胸を撫で下ろした。彼を穢さないようにしようとまた気持ちを新たにした。