白糸馨月

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お題『正直』

 俺は今、殺人事件の容疑者にされている。理由は、第一発見者が俺だからだ。死体を見つけたから通報して、今取調を受けている。
 だが、顔が上げられない。目の前の刑事がすごみをきかせてこちらに身を乗り出しているからだ。おまけに顔は鬼のようにおそろしく、体格はゴリラのようにたくましかった。

「正直に答えろ。お前は、やったんだろう?」

 額や手から汗が流れて腕や唇が震える。だが、ここで認めたら俺は牢屋に入れられてしまう。しばらく出てこられないだろう。

「ぼ、ぼぼ……僕は、やってません……」
「あぁ? 嘘をつくな!」

 刑事が取調室の机を思い切り叩く。その振動が俺の体に伝わり思わず飛び上がった。

「もう一度聞く、お前はやったんだな?」
「だ、だからやってません」
「嘘をつくな!」

 また刑事が机を叩く。

「お前はあの日、現場にいたなぁ? なにをしていた?」
「ぼ、ぼぼ……僕は、ただ通りがかっただけ」
「ただ通りがかっただけの人間がそんな挙動不審なわけないだろ!」

 たしかに俺は普段挙動不審と言われがちだ。人に話しかける時も声が震えるし、人がいる時はどう立ち振る舞えればいいかわからないしで、気味悪がられてきた。
 だが、突如として取調室の扉が開かれる。

「犯人をたった今確保しました! その者は犯人ではありません! 証拠もあります」

 若い刑事が入ってくる。俺の取調を担当していた刑事が舌打ちすると、

「帰っていいぞ」

 と取調室から出る。俺は拍子抜けして椅子から滑り落ち、膝立ちで呆然としていた。

6/2/2024, 3:46:05 PM