白糸馨月

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5/5/2024, 6:51:10 AM

お題『耳を澄ますと』

 僕には秘密の日課がある。自分の部屋の壁に耳を押し当てて、となりに住んでいる女性の生活音を聞くことだ。
 彼女との出会いは、つい一ヶ月前。何ヶ月かあいていたとなりの部屋から物音がするようになって、僕は興味本位で外にでて確かめると、そこには女性がいた。その人は僕なんかににこやかに挨拶してきた。その時、僕の心に恋の花が咲いた。
 しかし、僕には恋愛経験がなく、女性にアプローチする勇気もない。だからこうして、女性の生活音を聞くしか無いのだ。そうすることで、僕は彼女との生活を妄想していた。

 だが、ある日、となりから怒号とともに強い音が聞こえてきた。いつものように壁に耳をあてると、男の怒号とあの人の『やめて』という悲鳴が聞こえてくるではないか。
 僕は、じっと壁の一点を見つめた後、意を決して壁を強く叩いた。何度も何度も強く叩いた。
 すると、一旦音がやむと、しばらくして今度は僕の部屋の扉になにかを強く叩きつける音が聞こえてきた。
 僕はとっさにキッチンから包丁を持ち出して扉を開ける。
 目の前に強面の金髪のヤンキーみたいな人が立っている。後ろで隣人さんがあざだらけの顔をしながら、彼に叫んでいた。だがヤンキーは意も介さず、

「テメェ、うるせぇぞ!」

 と僕に凄んできた。僕はとっさに包丁を向ける。

「う、ううう、うるさいのはお前の方だろおぉぉぉぉ!? か、かか、彼女をいじめたらぼ、ぼぼ、僕がお、おまえをこ、こここ、殺してやる!!!!」
「おいおい、どもりながら言っても怖くねぇんだよぉ!」

 ヤンキーが前に出たから僕は、わめきながらやけになって包丁を振り回し始めた。ヤンキーはさすがにビビってちょうど来たエレベーターに乗って下へ降りていく。守ろうとした隣人さんも下着姿にあざだらけの顔、体でエレベーターのとなりの外へ出られる扉を開けると彼を階段をくだって追いかけていった。
 僕は、その場にへたりこむ。思わず乾いた笑みが出てきた。

5/4/2024, 4:53:38 AM

お題『二人だけの秘密』

※BL

 高校生の時、付き合っている人がいた。そいつと付き合ってることは、友達だけじゃなくて、家族にも言ってなかった。
 ある時、人がいないのをいいことに桜の木の下を歩きながら二人手を繋いでいたら、担任に見られた。今考えれば、その教師は無口で授業以外誰かと話している姿をあまり見たことがなかったから俺達の関係が吹聴されることはないと思うが、その頃はひたすら俺の、俺達のクラスでの立ち位置が崩れていくのが怖かった。
 お互い、噂の種にならないよう、いじめられないようそっと離れるようになった。

 だが、東京に出て何年か経った今、偶然かつて付き合ってた人が目の前にいるのを見た。俺はなにも話しかけずに去ろうとしたが、

「久しぶり」

 と声をかけられた。相変わらずすらっと背が高くて、都会に出て洗練された大人に成長している。
 俺はなんだか、泣きそうになって彼のもとへと駆け寄った。

5/2/2024, 12:47:01 PM

お題『優しくしないで』

 悩ましいんだよな。今、婚活をしてるんだけど優しくされたら普通嬉しいじゃない。
 だけど、その優しくしてくれる相手の見た目が好みじゃないと、どうもその人からの好意をすんなり受け入れられない自分がいる。いや、これはイケメンでもそうか。
 大して知らない人からの好意はどことなく気持ち悪い。優しくしてくれるのも、下心を感じてしまう。
 だから、優しくしないで最初から汚い素を出して欲しい。そうすれば、判断出来るから。

5/2/2024, 12:20:21 AM

お題『カラフル』

 私はいつもねずみ色か、カーキ色とか、黒しか着ない。なぜなら、その方が間違えがないから。
 だが、そんな時に服飾学部と思わしき生徒から声をかけられた。彼が身に纏う服は、目にも鮮やかなカラフルだった。
 最初、私に声がかかるなんてなにかの間違いだと思ってた。なぜなら私はというよりも、私が所属する理学部は地味で通っているから。化粧しても一重瞼は化粧映えしない。髪を短くしているのはその方が楽だからだ。

 だが、彼に連れられて鮮やかな服を合わせられて着せられた私の姿はいつもと違うものだった。
 鏡の前でメイクをほどこされ、彼に「ちょっと立ってみて」と言われて立って、うながされるまま全身が映る鏡の前に立つ。
 そこには、いつもと違う自分の姿があった。

「えっ……」

 驚く私の横からデザイナーの彼は、私の横に並び立つ。

「やっぱ、俺の見立ては間違ってなかった」
「なんだか変な感じなんだけど」
「だって、君はいつもじっみぃーな服を着てるじゃん、もったいない。せっかく背が高くてスタイルよくて、顔もキリッとしてるのに」
「もったいないって、私よりも可愛い子は他にいるじゃない」
「いーや、俺は君が良かったんだよ。大学の構内探してもなかなか理想のモデルが見つからなくてね。そんな時に君が現れたんだ」

 それから、彼は真剣な顔をして言った。

「今度の文化祭のファッションショーがあるんだけど、出てほしいんだ」
「え?」
「俺、優勝狙ってて。君の力が必要なんだ」

 そう言って、彼は手を差し出してくる。髪の色も服装もカラフルで独特な雰囲気をかもしだす彼だが、熱意は本気のようだ。
 私は

「わかった。よろしくお願いします」

 と彼の手を取った。

5/1/2024, 5:17:40 AM

お題『楽園』

 目覚めたら、砂浜の上にいた。寝間着姿のまま、流されたのだろう。膝丈のズボンにたまたまスマホを入れていたのを思い出してそれを取り出そうとして、なかった。
 俺は絶望的な気分になった。流されてどれくらい経つかわからないけど、もし一日しかなかったら今日は平日、会社へ行かないといけない。だが、手元に連絡手段がないことに途方に暮れた。
 それにここから家までどうやって帰れるだろうか。まわりに船は見当たらず、海岸の向こうはジャングルでいかだを作らないと帰る手段がない。

 俺はとぼとぼジャングルの中を入っていく。目の前にはジャングルに似つかわしくないきらびやかな娯楽施設が広がっていた。

「なんだこれ……」

 理由もわからず進んで行くと、名前を呼ばれる。俺はいつの間にか入口の受付にいた。

「お待ちしておりました。ここでは、子供の頃のように無限に遊ぶことが出来る場所。たとえば、好きなだけゲームすることが可能ですし、ドッチボールとかしたりすることも出来ますね。あとは、ご要望とあれば貴方の好みに合う配偶者を用意することも可能です」

 そんな夢物語みたいなことが受付のロボットから語られていく。そんなばかなことがあるわけがない。だが、どうしたって夢物語には食いつきたいものだ。
 なにせ会社は残業ばかりで遊ぶ暇なく、仕事だけの人生を送り続けてきたから、本音では解放されたかったのだ。

「こんな楽園、あるわけがない!」

 言いながら、開かれたゲートの先を俺は進む。足取りは不思議と軽かった。

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