朶助(たすけ)

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5/9/2026, 1:50:45 PM

仏頂面のまま寿司屋に入り受付を済ませると、表示された番号の席に足早に向かった。
ドガッと背負っていた全ての荷を下ろした後、タッチパネルに表示された中で、惹かれたものを欲望のままに頼んでいく。
無造作にかき集めた髪をヘアゴムでひとまとめにして、襟のボタンを緩める。脱いだヒールの上に素足を乗せて休ませていると、注文した品がレーンに流れてきた。

到着した物から順に頬張り、今日の毒も一緒に腹の底へと流し込む。しかし、この毒が排泄物と一緒に私の体内から出て行ってくれたことはない。

いつからか、これは気休めの応急処置だと学習するようになった。

腹が立ち、持っていた箸に力が入ってシャリがボトッと崩れ落ちた。淡いピンクのトップスに醤油が滲んでいる。
大きなため息だけじゃ我慢できず、舌打ちもセット。

おしぼりを手に取ってグリグリと拭き取ったが、広がってシミになる一方だった。



『忘れられない、いつまでも』おしまい

5/7/2026, 1:21:36 PM

大きな襟には花びらのようなフリル。肩にはバルーンのような膨らみ。販売元はスーパーの上階にある低価格を売りにした衣料店。されど、低価格。
「汚れ上等!動きやすさお任せあれ!」そんな普段の装いに魔法をかけるには十分だったようだ。

「今日、なんでそんなにお姫様みたいなの」

少年は7年間で覚えた言葉の辞書を広げて、自分史上最大限の“可愛い”を少女に送った。
受け取った少女の熱は上がり、頬はあっという間に林檎色に染まった。

『初恋の日』おしまい

5/5/2026, 1:54:36 PM

指でなぞった痕跡が残るくらい、つるんとした毛皮。
フワッフワの雲を贅沢に閉じ込めたようなボディ。
首の座っていない赤子のような頭には、虹を描いたような半円の耳がピョコンと立っている。そして、澄んだ紅茶のような瞳。
彼女は溺れてしまうくらい惚れ込んで、どこに行くにも僕を側に置いた。

晴れた日はお天道様から日の匂いを。
仕事用の鞄の中では、ふわりと優しいお米の甘い匂いを。
眠気覚ましに飲んでいたコーヒーを被った時も。
同じ布団に潜れば、石鹸と化粧水の香りが共有された。
そして、今日は君の瞳から流れたしょっぱいお塩を擦り付けられた。
自慢のボディは抵抗力をなくし、肩を貸していた箇所がペシャンと潰れてしまった。

君と出会ってから、沢山の香水を身に纏ってきた。
僕はその香水から“人生の味”を教えてもらっている。

今日はゆっくりお休み。
そしてまた明日、一緒に人生を味わおうじゃないか。



『君と出会って、』おしまい

5/4/2026, 2:40:19 PM

「音が鳴ったらボタンを押して教えくださいね」

では始めます、その合図の数秒後に赤と青のヘッドホンから交互に機会音が鳴る…と思っていた俺は、機械の異変にすかさず手を挙げ、看護師に声を掛けた。

「スミマセン…これ機会音ではなく人の声が流れてくるのですが」

ここは病院。亡き霊の想いがこの機械を通して俺に訴えかけているのでは。顔を青くする俺を見て看護師はフフと笑みを溢した。
「そりゃあ、聴力検査ですからねぇ。聴こえてくるということは心の声にしっかりと耳を傾けられているということですよ」
キョトンとする俺をよそに「ハイ、じゃあ続けますよー」と聴力検査は再開された。

慌ただしいこの世の中、精神的疾患を患うものが年々急増。その為、健康診断では精神状態を検査する項目が義務付けられた。
聴力検査はその名の通り、聴力を検査するのに加え、脳内にある自分の欲求をいかにキャッチできているかを診断する…らしい。

「ちなみに右からは海鮮、ラーメンという言葉が。左からは距離や時間などがつらつらと流れてきました」
最近は忙しくて、栄養補助食品にお世話になりっぱなしだったことを思い出した。
「近くの百貨店で北海道物産展がやっているらしいですよ」
身支度を整える俺に看護師はそう教えてくれた。
今日は終わり次第、直帰して良いと許しが出ている。久しぶりに残業もない。
俺は百貨店の営業時間を調べ、車を走らせるのであった。



『耳を澄ますと』おしまい

5/3/2026, 4:01:46 PM

__秘密とは
他人に隠したいこと教えたくないこと。
しかし、それと同等の信頼関係がある者に対し開示される場合がある。



「信頼関係って言葉や行動で構築されていくものでしょう?だから取引先とは…」
上司の有り難ぁいご指導は毎度同じ内容で、自分がタイムループに陥ってしまったのではと錯覚する。

…話し下手なのは自分が一番分かっている。
そんな自分を再認識してしまうのが嫌で、人との交流も極力避けてしまっていることも。
身を持って痛感している分、地雷を掘り起こすフィードバックに耐えられるHPはもう残っていない。

__こんな話、貴方にしかしませんよ。

涙が溢れそうになる寸前、先月急な退職で社内を騒然とさせた糸川さんの言葉を思い出した。
愛嬌があって、上司とも取引先とも上手くやっていたのに何故。その理由を根掘り葉掘り聞く者は多かったが、糸川さんは「急な退職でご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」の一点張りだった。

残業で偶然2人きりになった夜、「一緒に休憩しない?」と声を掛けてくれた。
ブレンドスティックにお湯を注ぎ、すぅとその匂いを吸い込んだ後、優しく吐き出すように糸川さんは口を開いた。内容は社内で頑なに明かさなかった退職理由について。
そして最後に、「こんな話、貴方にしかしませんよ」と続けたのだ。


私は変わらず人と関わるのが怖い。
怖いからこそ、人をよく見て言葉を選ぶし多くを語らない。
糸川さんはそんな私を見ていてくれた数少ないうちの一人だったのかもしれない。

彼女がここを去った理由は秘密。
去り際に私に残してくれた言葉も。
その言葉が今の自分を肯定してくれような気がしたのも。

そんな二人の秘密を私は支えにして、溢れそうになった涙を引っ込めるのであった。




『2人の秘密』おしまい

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