燈火

Open App
7/27/2023, 8:18:13 AM


【誰かのためになるならば】


いつ見かけても、彼女は誰かの代わりをしている。
掃除当番に日直、花壇の水やりから教材の片づけまで。
「手伝おうか」と声をかけたこともあるけど断られた。
「私が任されたことだから。申し訳ないよ」彼女は笑う。

何を頼んでも快く引き受け、文句の一つも言わない。
そんな彼女は陰で『便利屋』と呼ばれている。
他人のやるべきことを押しつけられても断らない。
それどころか、相手に感謝する姿すら見たことがある。

本の返却のため図書室に行くと、そこには彼女がいた。
珍しく読書していると思えば、先生が彼女に近づく。
図書委員の顧問らしく、分類の手伝いなのだと知った。
自分のために時間を使うことはないのだろうか。

先生が職員室に戻った後も彼女の前には本の山がある。
あれを終わらせるには、今日だけでは時間が足りない。
「一緒にやってもいい?」見かねて、また声をかけた。
「大丈夫。一人でできるから」彼女は笑って、断る。

部活終わりに忘れ物を思い出し、慌てて教室に戻る。
聞き覚えのある声がすると思ったら、彼女を見つけた。
窓の外を見ながら電話中で僕に気づく様子はない。
彼女の沈んだ声も謝る言葉も、僕は初めて耳にした。

「必要としてもらえるのは嬉しいことでしょ?」
なぜ断らないのか聞けば、彼女は平然と答えた。
「お願いだから邪魔しないで」そんなことを笑って言う。
手助けをすることは、彼女にとって迷惑だったらしい。

でも、誰かの都合で彼女に負担がかかるのは許せない。
善意を利用されて無理しないか、心配になる。
つい目で追って、勝手に体が動くことが何度もあった。
彼女のために、僕には何ができるだろう。

7/25/2023, 11:29:05 PM


【鳥かご】


予習復習を欠かさない。テストは一番が当たり前。
私の明るい未来のため、母は口酸っぱくして言う。
そんな普通のこともできない人がクラスのほとんど。
ゲームやお喋りに時間を費やすなんて信じられない。

決して遅れを取るはずはないけど、油断は禁物。
早朝に登校して自習し、放課後は塾で夕方まで勉強する。
母の言いつけを守っていれば、先生も褒めてくれる。
どうでもいい人の陰口なんかに興味はないの。

席替えで後ろの席になり、早朝に他の人がいると知った。
彼は私より先にいて、いつも机に伏せて眠っている。
たまにいない日には必ずと言っていいほど遅刻する。
真面目なのか、不真面目なのか。よくわからない人だ。

夏休みが明けてすぐに、先生に呼び止められた。
赤点ばかりの彼に勉強を教えてほしい、とのこと。
他人のために時間を浪費したくはないけど、承諾する。
どんな人なのか気になっていて、話してみたいと思った。

「勉強ばっかでつまんなくない?」彼が問う。
何を言っているのだろう。面白さは問題ではない。
「そんなの考えたことないよ」必要だからやるだけだ。
彼も留年を心配される前にちゃんとやればいいのに。

「なんで勉強しないの?」今度は私が疑問をぶつけた。
彼は言いにくそうに目を逸らす。「時間がないんだよ」
いわく、彼にとってはバイトのほうが大切らしい。
「楽しいの?」「少しはね。興味あるなら来る?」

彼の手を取ったその日、初めて塾をサボった。
悪いことをしたのに、期待に胸は高鳴っている。
もしかしたら私の普通は間違っていたのかもしれない。
その無駄な時間はとても眩しくて、羨ましかった。

7/25/2023, 7:04:48 AM


【友情】


中学の頃から、男女問わず人の輪の中心に彼女はいる。
僕はその輪に紛れていたり、遠くから眺めたり。
目が合うと手を振られるから、僕も笑顔になって近づく。
おかげで、社交的でないのに多くの友だちができた。

同じ高校に進学したのは僕と彼女だけ。
僕らは家が近いらしく、帰る方向がいつも一緒だった。
「着いてきてる?」なんて疑われたこともあったけど。
誤解はすぐに解けて、僕らは寄り道仲間になった。

初めは天気とか趣味とか、お見合いみたいな話ばかり。
それが今では「好きな人いないの?」なんて話もできる。
彼女は新しい店や商品を見つけるたび、僕を誘う。
好みが合うから気を許し、長い付き合いになっている。

今日も誘われ、キッチンカーでクレープを買うことに。
僕はクリームたっぷり、彼女はお食事系を選んだ。
半分ほど食べたところで彼女の視線に気づく。
甘さが欲しくなったらしい彼女と交換して残りを食べた。

翌朝、電車で会った彼女に話しかけると気まずそう。
ぱっと顔を背けられ、別の車両へ行ってしまった。
それから距離を取るようになり、一緒に帰らなくなった。
彼女が嫌ならと思い、僕もあまり近づかないようにした。

僕らは親しかった。でも、きっと仲違いしたと思われる。
最近の僕はおかしい。いや、おかしいのは彼女もそうか。
僕は輪に寄らず眺めるだけで、彼女は目が合うと逸らす。
並んで帰っても会話は弾まないし、物を分け合わない。

入学当初はもっと普通で、なんていうか自然だったのに。
話題がなくても話せたけど、用事がないと言い訳をする。
彼女の目を気にしてしまい、気持ちが落ち着かない。
今までどう話していたのか、わからなくなってしまった。

7/24/2023, 7:02:56 AM


【花咲いて】


私を情報通だと言うけど、それはあなたを知りたいから。
いろんな人と関わって、たくさんの噂に耳を澄ませる。
そうして集めた中に、あなたの想い人の話があった。
私とは似ても似つかない、もの静かできれいな人。

真実を確かめるまでもなく、あなたに打ち明けられた。
喉の奥からせり上がる嫉妬が声に出そうで、口をつぐむ。
その一線を越えなければ、私は友人でいられる。
悪魔が嘲笑うように、失恋の瞬間は目の前で訪れた。

放課後、廊下で話していたらあなたの言葉が止まる。
窓の外を見て固まっているから、私も目を向けた。
校門付近で輝く笑顔を浮かべ、噂の想い人が駆けていく。
他校の生徒と手を繋いで歩く背中をあなたは見ていた。

近すぎたのかもしれない。何を伝えても届かなくて。
冗談だと決めつけて、ありがとなって笑うのが憎い。
誰が同情とか励ましでこんなこと、言うと思うの。
大暴れするこの鼓動を聞かせてあげたい。

小さな芽生えを自覚したときに摘んでおくべきだった。
ふいにあなたに手折られて、花瓶の用意なんてない。
それでも尊く思ってしまう。馬鹿みたいでしょう。
逆さに吊るせば、少しだけ長く色を残してくれる。

自覚していた以上に、あなたへの想いは根強かった。
手折られてもなお、茎は生きていて伸びようとしている。
暇そうに揺れる手を見つめ、頭の中では妄想ばかり。
まさか、今まで通りに話せることで胸が痛むとは。

第三者から伝わる言葉は、本人のより力を持つらしい。
お節介な友人が私を哀れんで、想いを届けてしまった。
「気づかなくて」と謝らないで。もう傷つけないで。
あなたが軽く握るだけで粉々に砕け散るのだから。

7/23/2023, 2:36:32 AM


【もしもタイムマシンがあったなら】


ようやく期末テストが終わり、明日から夏休み。
家に帰るなりゲーム機を手に取った僕に雷が落ちた。
「まず部屋を片づける! プリントも出しなさいよ」
母さんに背後で怒鳴られ、驚きで肩が跳ね上がった。

しぶしぶ部屋に戻れば、机にプリントの山ができていた。
グッズや服も出しっぱなしで、至る所に散乱している。
ゲーム機もスマホも没収されては、暇になって仕方ない。
ため息を吐いて、周囲を見回した。

どうしてこうなった。数時間後、僕は途方に暮れていた。
片づけていたはずなのに、気づけば余計散らかっている。
空間を作ろうと引っ張り出した物を呆然と見つめた。
子供の頃の玩具の山に、見覚えのないカレンダーがある。

手に取って見れば、変な日めくりカレンダーだった。
なぜか右下に横長のディスプレイがついている。
電池が切れているらしい。時計用の単三電池を入れた。
西暦と曜日が表示され、それらは不思議なことに正しい。

「あー、寝て起きたら片づけも宿題も終わってないかな」
カレンダーを夏休みの最終日までめくりながら呟いた。
「……あるわけないか」途中でカレンダーを置く。
今日中に片づけることは諦めて、その日は終わりにした。

翌日。目を覚ますと、あのカレンダーを持っていた。
床に置いたはずなのに。僕って寝相が悪いのだろうか。
眠気を堪えて降りてきた僕を見て、母さんが息を呑んだ。
「え、なに?」僕をきつく抱きしめて嗚咽を漏らす。

奥でつけっぱなしのテレビでは、ニュースが流れていた。
『…………七月二十日に十七歳の高校生が行方不明になって一ヶ月が経ちますが、捜索は難航しています。両親の話では自室から忽然と姿を消したとのことで…………』

Next