ふわりと過ぎた香りに零した声。
振り返る瞳が一つ瞬き問う。
いつも薄甘さを纏っていた黒髪が、
少し苦味のある爽やかさを跳ねさせて。
ふわり微笑んだ赤い頬、
恋を知った乙女の顔。
‹ゆずの香り›
42回紙を折ったなら月に届くという。
でも10回も行かず折れなくなってしまったから
切って重ねていこうとした。
でもあまりに小さな破片になりすぎたから
はじめの紙をとても大きくした。
折って折って折って切って切って重ねて重ねて
高く高く高く空に伸ばしたならそうしたなら
「また例の事件ですか」
「しかしガイシャはなんだっていつも」
「こんな紙の山に埋もれてるんですかね」
‹大空›
べー、と古びた音を立てて灯る赤いランプ。
隣の子は静かに眠っている。
振り返る運転手に首を振ると、また車体が動き出す。
流れていく車窓の景色を一つも見ないで
眠る子を可哀想に思う。
「帰りたくない」だなんて、
よりによってこのバスで言ってしまうなんて。
‹ベルの音›
『幸せな子供を見ると、とってもラッキーなことが
起きるらしい』とは、最近よく耳にする噂話だ。
それが『子供だけでもそうであれ』という夢物語なのか、『そんなことはありはしない』という皮肉なのかは、果たして定かではない。
氷すら区別出来ない路地裏では関係のない話だと、嘯いた奴はこの間凍りついて消えていた。
そも幸せなんてこの世界に有ったろうか、ソレはどんな形をしているのか。
例えば、そう、表通りを行く、小さな背の。
温かなコートと帽子に埋もれた、小さな影の。
両隣を歩く大人と繋がれた、小さな手の。
子供が。
赤い頬をした子供が。
黒い眼をした子供が。
視線の合った瞬間に笑って、後ろに呼び掛けて。
「……あ、あぁ」
弾かれたように走ってくる大人が二人。
何処かで見たような顔の、
何処かで聞いたような声の、
自分によく見るような色の、
大人が二人、手を伸ばして、
路地にはよく貧民の死体が転がっている
今日も昨日も転がっている
幸せそうに笑った子供が一人
けれど誰にも見返られずに
‹寂しさ›
机があるなら布団を置いて
こたつがあるなら蜜柑とお茶
いやいやそこはアイスじゃない?
お鍋と〆でしょ御冗談
のんびりテレビとゲームが至高
うたた寝読書がお幸せ
どやどやわらわら争い尽きねど
誰もおこたから出てかない
‹冬は一緒に›
今となってはどうでもいいけど
あの人を好きなのは君だけじゃないんだよ
今となってはどうでもいいんだ
あの人に君がいるからね
でもね だからね
「どうでもいいこと」って言わせてね
「どうでもよくない」って思わせないでね
あの人を悲しませるような
そんなことはしないでね?
‹とりとめもない話›
7つ前までは神の内、
昔の子供の死亡率を、謳ったものとか違うとか。
「残念でした、7つはとうに過ぎたよ」
覗き込んできた死神に、意趣返しと舌を出す。
熱に霞む視界の中、ソレは僅かに首を振り、
の を指差した。
‹風邪›