壁の向こうにはきっと、
見たこともない景色があって
例えば遥か遠く満ちる水面のような
静かで美しい光景があると
その子は本を抱いていた
色鉛筆の絵本を抱いていた
その人はその夢を哀れんで
白い壁に窓枠をつけた
遥か遠く満ちる水面
凪いだ海の写真を貼った
善行を成したとその人は言った
窓枠を見上げるその子の後ろで
良いことをしたと胸を張った
その子を閉じ込めモルモットにした
お前が言えることではあるまいに
‹窓越しに見えるのは›
指切りげんまん
嘘ついたら
針千本
拳骨万回
小指を切って
それでも繫ぐ赤い色
小指同士繫ぐ
赤い血の橋
‹赤い糸›
遠く遠く伸びる一本道
果ての新緑より尚高く
白く聳る嵐の巨塔
そんな夢を見る僕達の
空は酷く遠く狭い
‹入道雲›
音が聞こえる
セミの鳴き声
草葉のざわめき
気化する打ち水
軽やかな風鈴
喚く室外機
賑やかな歓声
滴る汗
封切られたボトル
音が聞こえる
生命賛歌の音
命限りに叫ぶ音
あるいはこの季節を
超えられぬ音がする
‹夏›
家の扉を開けたら冒険の始まりで
魔王になって倒されたかと思ったら
王城で勇者の誉れを受けた
小さな隙間には四つ足の猫になって
伝説を確かめに空駆ける龍になる
穴に落ちたら学校の帰り道
一人の筈がナニカに追われ
車の下に隠れ逃げたら
オープンカーで海風を受けた
てんでバラバラめちゃくちゃで
怖くてびっくりすることもたくさんで
目を開けたら全部砂絵のスクリーン
脳味噌は現世をなんだと思ってるんだか
‹ここではないどこか›
桜吹雪に霞みゆく君に
消えないでと髪を引いた
向日葵畑に隠れる君に
行かないでと袖を引いた
色付く葉々に迷う君に
一人にしないでと裾を引いた
白い無音に溶ける君に
一人で行かないでと足を引いた
でも
二度と戻れぬ覚悟をさせてしまうなら
飲み込んだ恐怖が笑顔を形作るなら
硝煙と血香の中で相対するくらいなら
甘ったるい我儘なんて噤んで
空が青く世界が美しい内に
この手を離すべきだった
‹君と最後に会った日›
触れれば散る様な儚さであれば
君は隣にいてくれただろうか
見えずとも明白な馨しさがあれば
君は隣で安らいでくれただろうか
甘く満たす果を粉を振り撒けたなら
君は隣で笑ってくれていただろうか
それでも私は凛と立つ
嵐にも折れぬ万年花
緑の影に誰をも守る
強く鮮やかな花でありたい
‹繊細な花›
「あの日だって、最後まで楽しくて」
「でも在り来りに色褪せる思い出になると」
「……思ってたんだよ、馬鹿」
‹1年後›
眩しく温かな未知と
ちょっとだけ暗く怖く
美味しい楽しさと
苦手な嫌い
痛むような暑さ寒さも
柔らかな影に隠れて
伸ばされる手の柔らかさに
愛し合いされること
な
素敵な世界だと
思ってた
‹子供の頃は›