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4/1/2024, 11:15:43 AM

「まー気にすんなよ」
「前世が何やったかなんて知らないけどさ」
「今世こんだけしんどかったなら、来世はきっともうちょい楽に生きれるだろ」
 そう笑って死出の道を行く、小さな背中を見ていられなくて目を伏せた。
 足元で仔犬が尻尾をひとつ揺らした。
「言えば良かったじゃん」
「まだまだ全然罪は濯がれて無いよって」
「次は畜生道だぞ残念でしたって」
『……言えませんよ』
「はーぁ、お優しいことで」
 屈んで手を広げると、特に抵抗無く抱かれに来る。
 最近は着物を毛だらけにするのが好きなようで、いつものように腕の中でごそごそし始める黒い毛玉を撫でた。
 小さな背中はいつしか遠くに消えていて、名残惜しくも来た道を戻る。
(……言えませんよ)
(この形こそが贖罪の報いだなんて)
 温度の宿らない掌には、仔犬の体温は酷く熱い。
 今日はこの子に何をあげようか。
 永い永い時間に付き合わせてしまう代わりに、愛など知らない心で、この子に何を与えてやれるだろうか。

<幸せに>


 とん、と手の甲が叩かれた。
 走行音ばかりがうるさいバスの中のことだ。
 スマホの画面から目を離すと、また一つ叩かれる。
 固細い指の持ち主は、窓枠に頬杖突いたまま。
 車内を軽く見回して、スマホに視線を戻した。
 とんとん、とん、ととん、
 何処かリズミカルに叩く指はじゃれているようで。
 片手はされるがまま、反対でスマホをタップする。
 
 窓の外に一台の車がいた。
 バスと等速で走るその車の、スモークガラスが少しだけ開いて。
 停車はまだ先のバスの中で、男が一人立ち上がった。
 運転席に並んだその男の、右手に刃物が光り……
 ……一言もなく男は倒れた。
 それを見た二人程が立ち上がり、やはり無言で倒れる。

 ざわめく車内、混沌が満ちる前にバスが急停止する。脈絡もなく開いた扉からはどやどやと、不審者の通報を受けたのだと言う警察が入ってきた。
 一人目の男は容疑者と、倒れた二人は怪我人として。騒ぎの元は瞬く間に連れ去られ、再び走り出した車内はまだいくらか混乱していたものの、取り敢えずは平和だった。

 男が立ち上がった瞬間に悪戯を止めた指を爪先でちょっとなぞって遊びながら、LINEの返信ボタンを押す。
『標的オールクリア。そのまま離脱で』
『私達は予定通りデートなので。今日これ以上使うなら休日出勤扱いにするって上に言っといて』
 隣がごそごそと仕事用イヤホンを外したので、指も腕も絡めて寄りかかった。
 殺し屋だって、たまには平和な休日がほしいので。

<何気ないふり>

3/30/2024, 8:48:07 AM

結婚は人生の墓場だという。
仕事は苦役であり、人生は死ぬ迄の苦行だという。
そのヒトはそうやって、仰々しく悲観を唱っていた。

私はそのヒトに幸せになってほしかった。
笑顔でいてほしかった。

だから楽しめる趣味を見つけ、
働きやすい仕事へ声をかけ、
白染めの衣装の似合う相手を紹介した。

一等嬉しそうな笑顔で、ありがとうと言われたから。
私のお陰で、とても幸せになれたと言われたから。

この白く美しい墓場で
苦しみを忘れたような笑顔が
本当に本当に嬉しくて。

だから、其処で御仕舞いにしてあげた。

<ハッピーエンド>


目が合うなぁ、とは思ってはいた。
此方が気付くと、澄ました顔で焦点をぼやかすけど
ふとした拍子に視線をやると、ぱちり一瞬き分、
その黒い目とかち合うのだ。
どうしたの、と隣に問われ。何でもないよ、と返す。
秘密を明かして尚今も、友人で居てくれる人だけど。
怖い話が一等苦手な人だから。

<見つめられると>

3/28/2024, 10:09:15 AM

「何でハート型ってこの形なんだろうね」
「んー?あー……説は色々っぽいが聞くか?」
「いらなーい」
ぐるりぐるりと塗り潰されていく胸部、鉛筆は離さないままに。
「ねー、心って胸と頭とどっちにあると思う?」
「胸なら心臓で、頭なら思考だな」
「そーいうんじゃなくてさー」
「……実体が無いのに何処とも」
「そーいうことでもないんだよー」
ぐるりぐるり、真っ黒に塗り潰されていく人形。
指先に咲いていく華は手遊びのようで。
「『君の心』って何処にあると思うのって話」
「……そういわれても」
熱く柔い血肉もない身体を、見上げる瞳は何処か必死な様に見えて。
「……そういうあんたは、何処にあるんだ」
「此処にあるよ」
投げられた鉛筆、黒ずんだ指先は顔を示した様に見えて、しかし違うと首を振られた。
「『此処』。足の先から頭の天辺まで、腹の内から指の先まで。『僕』って存在の全部に満ちてる、と思ってるよ」
だからね、と訴える。握られた腕に、うっすらと黒い手形が擦れる。
「此処に居る君こそが、君の心の証明だと。
 ……僕に、まだ信じさせていて」

<My Heart>

3/27/2024, 10:10:45 AM

いいなぁ、と私は彼女に言った。
大きく広がる白い翼は、羽の一筋すら美しい。
ちょうだいよ、と私は彼女に言った。
空の果て迄飛べる翼であれば。
あげられないわ、と彼女は私に言った。
透き通る脚で尚目線を合わせて。

生きたかったのでしょう、と私は彼女に言った。
生きたかったよ、と彼女は私に言った。
死にたかったのに、と私は彼女に言った。
知っているわ、と彼女は私に言った。

それじゃあ逆で良かったじゃない、と私は。
いいえ間違えないで、と彼女は。

「わたし、あなたとふたりでいきたかったの」


<ないものねだり>

3/26/2024, 10:31:00 AM

「まーたやってんの天邪鬼め」
「向こうが勝手に勘違いしてるんですー」
ふわり翻るスカートに、似合いのピアス揺らして。
綺麗に整えられた髪も、白魚の様な指先まで美しく。
「契約期間いつまでだったの」
「早死にしないようにーだし。死ぬ迄じゃない?」
重たい睫も濡れたような瞳も、薄く色付く唇すら見とれるような、そのヒトは。
「ほんと、並の女の子より可愛いとか詐欺だろ詐欺」
「やりたくてやってる訳じゃないのにー」
「じゃ、着たい服は?」
「えー……花嫁さん?」
「お前ほんと上目遣いやめて死者が出る」
「答えの方に突っ込んでよー」
「あ?どう考えてもばりばり似合うだろうが」
「そっち?」
ころころ笑いながらシェイクに口をつける一瞬、眩い日差しがスポットライトみたいにその背に落ちて。
ーーー柔らかな白のベールの夢想。
「花嫁姿二人分とか、華やかすぎるよなぁ」
「んっふふ、それも良いけどねー」
伸ばされた指先、輝くスパンコール。
緩く柔く突かれた胸元は。
「君のタキシードだって、ばりばり似合うんじゃない?」
潰し尽くした胸の内を、小さく撫でるよう引っ掻いた。

<好きじゃないのに>

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