「まー気にすんなよ」
「前世が何やったかなんて知らないけどさ」
「今世こんだけしんどかったなら、来世はきっともうちょい楽に生きれるだろ」
そう笑って死出の道を行く、小さな背中を見ていられなくて目を伏せた。
足元で仔犬が尻尾をひとつ揺らした。
「言えば良かったじゃん」
「まだまだ全然罪は濯がれて無いよって」
「次は畜生道だぞ残念でしたって」
『……言えませんよ』
「はーぁ、お優しいことで」
屈んで手を広げると、特に抵抗無く抱かれに来る。
最近は着物を毛だらけにするのが好きなようで、いつものように腕の中でごそごそし始める黒い毛玉を撫でた。
小さな背中はいつしか遠くに消えていて、名残惜しくも来た道を戻る。
(……言えませんよ)
(この形こそが贖罪の報いだなんて)
温度の宿らない掌には、仔犬の体温は酷く熱い。
今日はこの子に何をあげようか。
永い永い時間に付き合わせてしまう代わりに、愛など知らない心で、この子に何を与えてやれるだろうか。
<幸せに>
とん、と手の甲が叩かれた。
走行音ばかりがうるさいバスの中のことだ。
スマホの画面から目を離すと、また一つ叩かれる。
固細い指の持ち主は、窓枠に頬杖突いたまま。
車内を軽く見回して、スマホに視線を戻した。
とんとん、とん、ととん、
何処かリズミカルに叩く指はじゃれているようで。
片手はされるがまま、反対でスマホをタップする。
窓の外に一台の車がいた。
バスと等速で走るその車の、スモークガラスが少しだけ開いて。
停車はまだ先のバスの中で、男が一人立ち上がった。
運転席に並んだその男の、右手に刃物が光り……
……一言もなく男は倒れた。
それを見た二人程が立ち上がり、やはり無言で倒れる。
ざわめく車内、混沌が満ちる前にバスが急停止する。脈絡もなく開いた扉からはどやどやと、不審者の通報を受けたのだと言う警察が入ってきた。
一人目の男は容疑者と、倒れた二人は怪我人として。騒ぎの元は瞬く間に連れ去られ、再び走り出した車内はまだいくらか混乱していたものの、取り敢えずは平和だった。
男が立ち上がった瞬間に悪戯を止めた指を爪先でちょっとなぞって遊びながら、LINEの返信ボタンを押す。
『標的オールクリア。そのまま離脱で』
『私達は予定通りデートなので。今日これ以上使うなら休日出勤扱いにするって上に言っといて』
隣がごそごそと仕事用イヤホンを外したので、指も腕も絡めて寄りかかった。
殺し屋だって、たまには平和な休日がほしいので。
<何気ないふり>
4/1/2024, 11:15:43 AM