結婚は人生の墓場だという。
仕事は苦役であり、人生は死ぬ迄の苦行だという。
そのヒトはそうやって、仰々しく悲観を唱っていた。
私はそのヒトに幸せになってほしかった。
笑顔でいてほしかった。
だから楽しめる趣味を見つけ、
働きやすい仕事へ声をかけ、
白染めの衣装の似合う相手を紹介した。
一等嬉しそうな笑顔で、ありがとうと言われたから。
私のお陰で、とても幸せになれたと言われたから。
この白く美しい墓場で
苦しみを忘れたような笑顔が
本当に本当に嬉しくて。
だから、其処で御仕舞いにしてあげた。
<ハッピーエンド>
目が合うなぁ、とは思ってはいた。
此方が気付くと、澄ました顔で焦点をぼやかすけど
ふとした拍子に視線をやると、ぱちり一瞬き分、
その黒い目とかち合うのだ。
どうしたの、と隣に問われ。何でもないよ、と返す。
秘密を明かして尚今も、友人で居てくれる人だけど。
怖い話が一等苦手な人だから。
<見つめられると>
「何でハート型ってこの形なんだろうね」
「んー?あー……説は色々っぽいが聞くか?」
「いらなーい」
ぐるりぐるりと塗り潰されていく胸部、鉛筆は離さないままに。
「ねー、心って胸と頭とどっちにあると思う?」
「胸なら心臓で、頭なら思考だな」
「そーいうんじゃなくてさー」
「……実体が無いのに何処とも」
「そーいうことでもないんだよー」
ぐるりぐるり、真っ黒に塗り潰されていく人形。
指先に咲いていく華は手遊びのようで。
「『君の心』って何処にあると思うのって話」
「……そういわれても」
熱く柔い血肉もない身体を、見上げる瞳は何処か必死な様に見えて。
「……そういうあんたは、何処にあるんだ」
「此処にあるよ」
投げられた鉛筆、黒ずんだ指先は顔を示した様に見えて、しかし違うと首を振られた。
「『此処』。足の先から頭の天辺まで、腹の内から指の先まで。『僕』って存在の全部に満ちてる、と思ってるよ」
だからね、と訴える。握られた腕に、うっすらと黒い手形が擦れる。
「此処に居る君こそが、君の心の証明だと。
……僕に、まだ信じさせていて」
<My Heart>
いいなぁ、と私は彼女に言った。
大きく広がる白い翼は、羽の一筋すら美しい。
ちょうだいよ、と私は彼女に言った。
空の果て迄飛べる翼であれば。
あげられないわ、と彼女は私に言った。
透き通る脚で尚目線を合わせて。
生きたかったのでしょう、と私は彼女に言った。
生きたかったよ、と彼女は私に言った。
死にたかったのに、と私は彼女に言った。
知っているわ、と彼女は私に言った。
それじゃあ逆で良かったじゃない、と私は。
いいえ間違えないで、と彼女は。
「わたし、あなたとふたりでいきたかったの」
<ないものねだり>
「まーたやってんの天邪鬼め」
「向こうが勝手に勘違いしてるんですー」
ふわり翻るスカートに、似合いのピアス揺らして。
綺麗に整えられた髪も、白魚の様な指先まで美しく。
「契約期間いつまでだったの」
「早死にしないようにーだし。死ぬ迄じゃない?」
重たい睫も濡れたような瞳も、薄く色付く唇すら見とれるような、そのヒトは。
「ほんと、並の女の子より可愛いとか詐欺だろ詐欺」
「やりたくてやってる訳じゃないのにー」
「じゃ、着たい服は?」
「えー……花嫁さん?」
「お前ほんと上目遣いやめて死者が出る」
「答えの方に突っ込んでよー」
「あ?どう考えてもばりばり似合うだろうが」
「そっち?」
ころころ笑いながらシェイクに口をつける一瞬、眩い日差しがスポットライトみたいにその背に落ちて。
ーーー柔らかな白のベールの夢想。
「花嫁姿二人分とか、華やかすぎるよなぁ」
「んっふふ、それも良いけどねー」
伸ばされた指先、輝くスパンコール。
緩く柔く突かれた胸元は。
「君のタキシードだって、ばりばり似合うんじゃない?」
潰し尽くした胸の内を、小さく撫でるよう引っ掻いた。
<好きじゃないのに>
頭に感じた硬くもべとりとした感覚。
反射的に空を見上げれば、一面のカラフルに思わず舌打ちした。
こっち、と呼ぶ声のまま潜った軒の上、がらがらべたべたと騒がしく。
「今日は一日晴れじゃあなかったか」
「その筈。通り飴だといいんだけどね……」
まだ硬い内の破片を払う横、重く粘る甘さに早々拭うのは諦めて、せめてと髪を解きながら。
「うわ、家の方チョコボンボン降ったって」
「は?チビ共庭遊びの日だったろ」
「チョコの時点で屋内に間に合ったみたい。でもやっぱりアルコール臭やばくて、みんな寝かせたらしいよ」
「また拗ねるな……。次の雨は?」
「予報通りなら明日。チビちゃん達のご飯が終わる頃には」
「はー……了解」
がらりがらりと飴が降る。
硬いままに転がり積もればまだ良いものを、地上にぶつかる度べたりべたりと溶けていく。
日頃は鬱陶しい雨も、コレを洗い流してくれるなら待ち遠しいばかりだが。
「どうしよっか、傘と靴買ってく?」
「……いや」
差し出されたハンカチを押し返して、少し先の自動ドアへ視線を向けた。
「明日に帰ると連絡しといてくれ」
「それは、」
ひとつ、ふたつ、息をする間。赤らんで見える耳。
「……そういう言葉は、期待、しちゃうよ?」
「は、抜かせ」
喫茶店も商店も、東屋だって近くにあったくせに。
「『この軒』を選んだのはお前だろ。なあ?」
つり上がった口許を、隠せても居ない癖に。
<ところにより雨>