集中なさいとシャーペンの頭でつつかれて
慌ててノートに目線を戻した
「どんなところに惹かれるんだい」
「きらきらしてて優しい所」
「アレは化粧の賜物で、八方美人の渾名だが?」
「そういうことじゃない」
「……心や精神性なぞ目じゃ分からんと豪語していたな?」
「そういうことでもない」
「恋は盲目?」
「似てるのは認めるが違う」
「じゃあなんだい、勉強会ほっといてまで夢中なのは」
「……きらきらしてるだろ」
炎天下のグラウンド、部活に勤しむ人々は
皆汗だくで煌めいて
「それで優しいだろ」
後輩にはマメに休ませる癖、一人先生や先輩との軋轢に走る背中
「……ああ、成程」
酷薄な目が窓へ向く
心底憐れんだ声が言う
「お前、アレを獲物と見たな」
<胸が高鳴る>
外から来た人が言いました。
此処はおかしいと。
連れていくから逃げようと。
私は首を傾げました。
別におかしな事なんて無かったから。
外から来た人が言いました。
そんなものは食べ物じゃない、
そんな仕事は危険すぎる、
そんなーーを崇めるなんて、
あ、と
思った時には、
外から来た人は、
今日は新鮮なご飯でみんな嬉しそうでした。
私には釣りの才能があるそうなので、
明日もご飯を釣りに行きますね。
<不条理>
君がついに旅立ったと、手紙がありました。
大々的に、なんて昔は言ってましたけど、
随分小ぢんまりしそうな気配がするのは
気のせいでしょうか。
親も子も片割れも置いていくなんて、
薄情な君らしいなぁと思います。
結局約束を破られてしまったけど、
此方は守り続けるつもりなのでね、
後で悔しがる君の顔が目に浮かびます。
……はは、ざまみろ。
精々一人で天国探索しててください。
それじゃあ、またいつか。
<泣かないよ>
「何で大概の水場には、必ず鏡が置かれるんでしょうね」
赤い口紅をポーチに仕舞いながら彼女は言う。
「化粧室とか洗面所はまだ分かるのよ。お手洗いやお風呂場やキッチンにも置かれる理由が分からないの」
まして、と小さく指差された先。
「こんな大きな合わせ鏡にするなんて」
広く見せるためじゃないの、と問えば。
「化粧直しなんて、寧ろ誰にも見えないようにしたくないかしら」
それもまあ一理、と鏡を見やる。
化粧して尚青白い肌の彼女は、
鏡の向こうで赤い唇を吊り上げ嗤っていた。
<怖がり>
蒼いシロップを透き通るまで割って
ふわふわの綿飴で蓋をする。
雫模様を描いたグラスには
強めのクリームと鮮烈なレモン。
きらきらと注がれるサイダーに
小さな金平糖が踊っている。
ふと視線を向けた暗闇は、
気の遠くなる様な銀紗に覆われて。
私のいないその暗闇は、
いっそ五月蝿い程に眩いようで。
サービスです、と差し出されたチョコレート。
白い果実を隠した黒を、皮肉かしらと見上げれば
次は暫く先でしょう、とマスターは笑う。
それもそうか、それもそうだ。
私を見えなくなった人々の歓声に耳を傾けながら、
移り行く時にグラスを重ねた。
<星が溢れる>
硝子は性状としては液体なのだと言う。
細かな理屈は忘れてしまったが、
昔確かに教室で聞いたのだ。
身近なモノが必ずしも、
一般的な様相を示す訳ではないと。
そう言えば水もそうだった。
氷になると体積が増える、なんて
一番身近なくせして他と真反対を起こすのだ。
であるならばその透明も、
白膜を切り開き溢れる水晶体も
きっと同じことを起こすのだ。
閉じられた目蓋の奥
二度と開かない目蓋の奥
きっと其処には普通も常識もない、
天上だけが写っている筈なのだ。
<安らかな瞳>
「好きだねえ」
「好きだよお」
右腕にぴったりくっついて、筋をなぞって遊ぶ。
見慣れすぎた角度では、彼女はいつも楽しそう。
でも風に身を震わせたから、駄目元で手を握った。
「体冷えてるよ、せめて逆に来ない?」
「やだ、こっちが好きなの」
「……じゃあせめて、コートか毛布被ってて」
「……はあい」
其処にいてね、と言われたから
当然だよ、と頷き返す。
小さな背が扉の向こうに消えたから、
左手で右腕に触れた。
硬く、無骨で、人の形をなしていない、
冷たい冷たい義手に触れた。
まだ肉の有る左半身の方が温かいのに、
寒空の下では彼女の温もりすら秒で消える。
「オーバーヒート機能、いくらだったかな」
小さい溜息も風に飛ばされ、
ただ少しだけ目を閉じた。
<ずっと隣で>
好きな食べ物 好きな色 好きな服装 好きな場所
嫌いな人 嫌いな勉強 嫌いな季節 嫌いな曲
良い記憶 悪い思い出 覚えたい景色 忘れた言葉
隅から隅まで 端から端まで 爪先から頭の天辺まで
そうしたら、そうすれば
「残念だね、もう全部『私』のモノなの」
『私』の『そっくりさん』は、悲鳴をあげて消えていった。
ようやっと『私』は私になれたのだ。
<もっと知りたい>