中古ショップを覗いていた時のことだ。
ふと、一つのゲームソフトが目に留まった。
昔、何人かの友人が楽しんでいたシリーズだったと思い、当時は小遣いが届かなかったことも思い出せば、今となっては大したことの無い値札を付けたままレジへ向かった。
家に帰り、押入れ奥から引っ張り出したゲーム機本体は、多少埃を被っていたが問題なく起動する。
最初は多少のキャラメイクがあっただろうか、相棒はどのキャラにしようか、年甲斐なくわくわくしながらオープニングを見遣ると、『続きから』の文字が目に入った。
どうやら前の持ち主は初期化せずに売りに出したらしい。『はじめから』にカーソルを移動させ、いやいや待てよと思う。どうせなら、前の人の冒険を少し覗いてみたい、と興味が湧いたのだ。
『久しぶり』
『待っていたよ』
『どうしたんだい、そんな顔をして』
「……ああ、そういうことか」
見覚えの有るキャラクター、の多分しないだろう顔。
郷愁を誘うドットの景色、が奥で崩れている。
きっと考えてつけた筈の名前、が途中で文字化けし。
多種多様な道具、はどれもカウントストップ。
登場しない筈のキャラクターと共に一通り巡って、電源を落とす。
チートに歪まされた世界は恐ろしく物悲しい。
瞬きほどの沈黙を黙祷の代わりに、
今度こそ新しい世界の構築を選択した。
<0からの>
健やかなる日も病める日も
苦しい日も楽しい日も
辛く悲しい日も光溢れる希望の日も
その全て側で見届けられるなら
共感も相談も改善も出来ないけれど
ただ話を聞くことくらいは出来るから
時にはちょっと苛められることもあるけど
大体は強く抱き締めてくれるなら
その苦楽を少しだけ
喜怒哀楽を少しだけ
君の夢の代わりに貰っていこう
その不安を少しだけ
情緒不安定を少しだけ
君の薬の代わりに貰っていこう
抱き締め返すことも励ますことも出来ないけど
紛い物の真似事の心かもしれないけど
おんなじ気持ちだって肯定できたなら
子供の時と同じように
名前を呼んで笑っていてほしい
<同情>
赤に黄に茶に鮮やかに色づき、
散る様も敷き詰められる様も美しく、
踏み歩けば高らかに歌い、
集め燃せば一時の暖、
「死んでも役に立つなんて良いよね
汚いだけの人間とは大違いだ。」
身体の部品は誰かの不良とすげ替え、
血も髪も誰かの不足を補い、
土にも海にも空にも帰らず、
胸元に輝く小さな石、
無為を有為にする最大限、
「でも、これでよかった?」
この身一つきりの墓守り
死者に果たして口はなく。
<枯葉>
銀砂を一面に散らしていた黒は、
やがて薄く青を帯び、
柔らかく光を帯びる白を経て、
日が上る時には赤橙を染める。
或いは、
灰白を点々と散らす青が、
端から強い赤に飲み込まれ、
緩やかな紫を緩衝に、
とぷりと黒に移ろい行く。
昨日と今日の境は見えず、
今日と明日の境も触れられない。
それでもどうして、
一昨日まで在った筈のモノは、
明後日には此処に存在しない。
<今日にさよなら>
薄黄色の毛布が無いと眠れない子だったという。
大きくなるにつれてサイズが合わなくなり、
蓄積した汚れが落ち切らず酷い有り様になったけど、
それでも毛布が無いと泣き喚いたそうで、
ある時それは縫いぐるみへと加工された。
小学校位までは抱いて、大きくなる頃には枕元へ押し遣られた。
それでも、他の縫いぐるみや玩具とは異なり、
手放すことだけはしなかった。
やがて大学に進学し、一人暮らしを始めた際も、
唯一その縫いぐるみだけは実家から持ち出した。
相変わらずねぇと笑う両親に、曖昧に微笑み返す。
なにか特別好きだった訳じゃない。手触りも、デザインも、もしこれがお店に並んでいたとて私は通り過ぎたろう。
ただ生まれた時から側に居たモノは、既にほぼコレだけだと思えば、捨てるのも手放すのも惜しかった。
他に欲しがる人が居るでもない、多分、棺まで連れていくだろう。私の、人生の見届け者として。
<お気に入り>
一番になりたかった。
二番ではなく、勿論最下位でもなく、
完全無欠の一番になりたかった。
勉強も運動も、得意なことはなかった。
外見も、精々中の下程度では話にならなかった。
コミュ力もなければ、家やネット上なら強いということもなく。
霊感とか、そういった特異な事もなかった。
一番になりたかった。
自分以上に出来る者はないと、胸を張って言いたかった。
そうすれば、君の選択肢に入れると思った。
そうなれば、君の前で名前を言えると思った。
画面の向こうの君に、ちゃんと認知して貰えると、思ったのに。
<誰よりも>
タイムカプセルを埋めようと思った。
大切な宝物を一つ一つ紙に包んで、一等お気に入りだったお菓子の缶に、丁寧にぎっしり詰め込んだ。
幾らか重たくなった缶を抱えて、私だけの秘密基地、金木犀の木の下に埋めようと土を掘った。
かつん、と。
少し掘って直ぐに金属音がした。
沿うように掘り進めると、それはお菓子の缶だった。
丁度、今私が持っているのと似た缶だった。
蓋を開けてみるとスカスカで、便箋が一つだけ入っていた。
『明日に9歳になる私へ』
『明日、知らない人が誕生日祝いに来たら、絶対に着いていくんだよ』
『宝物を埋める必要もない。一緒に持っていけば壊れることはないから』
『"私"が今の"私"に辿り着けるよう、健闘を祈るよ』
『無事大人になった私より』
「……そっか」
少し土で汚れてしまった手紙を畳み直し、再度便箋に入れる。
埋まっていた缶を確認すると、確かに、10年程先の賞味期限が読み取れた。
「うん、そっか」
元通りに缶を埋め直し、宝物を入れた缶を抱え直す。
此処にいてはいけない。
逃げる準備を、しなければ。
<10年後の私から届いた手紙>
「ねえ"私"さん」
「貴方は"私"じゃないから知らないのでしょうけど」
「明日誰が来るのかも、何で連れていきたいのかも、私もう知ってるの」
「そういえば、タイムカプセルの話をしてくれたのも、この手紙を読ませるためだったのかしら」
「未来を騙るなんて、本当に鬼みたいな人達ね」