夢十夜だ、と手を叩いた。
中学だったか、高校だったか、確かに聞いたことがある出だしであった。
十話あるうちのどれが好きかい、と問われて、少し黙り混んだ。
たったが十話だ。何処ぞの国の千夜費やす物語でもあるまいに。
私が覚えているのはたった一話。一夜目の話。
女と墓の美しさしか覚えていない。
<こんな夢を見た>
母は、いつも玄関に背を向けていた。
外へ行く時、それと帰ってきた時だけ、扉を開ける私を見るけれど。母の椅子はいつも玄関に背を向けていた。
私を叱る時、いつもその扉は閉まっていた。
チャイムの音なんて聞いたこともなかった。
だから、母が手を挙げたまま倒れていくのを、私は避けることしか出来なかった。
大丈夫かなと赤く染まった手を伸ばしたのは、私と同じくらいの女の子だった。
女の子の後ろで扉は開いていて、その向こうには不思議な銀色の小屋みたいなものが見えた。
女の子は、母を、不思議な、複雑そうな色で見下ろしていた。
私はあなたのお母さんだよ。と、女の子は言った。
私のお母さんを、たった今刺した人が言った。
過去から来たんだよ。と、女の子は言った。
私のお母さんと、確かによく似てはいた。
患っていた致命的な病理の名は知らなかった。
母が女の子であった時代から患う病だった。
娘に罹患する前に対処しなければならなかった。
けれど生きている限りその方法は無かった。
「だから私は未来の私を殺すことにしたの」
「未来で何を起こしたって、私の"今"にタイムパラドックスは起きないから」
「それに、この事件が原因で時空間移動は利用禁止されるから。誰にもこれを変えられないわ」
母は、いつも玄関に背を向けていた。
過去の自分が殺しに来ることを知っていて。
<タイムマシーン>
「あの星は?」
「10位だったかな」
「あっちは?」
「あー………230」
「……適当言ってない?」
「本当だよ」
「もー……。ね、あとどのくらい?」
「……10」
「それも億年?それとも光年?」
「分かってるでしょ」
「はーい」
「ね、この星の光は何処まで届くかな」
「観測できる者が居る処まで、どこまでも」
「そっか。あの星みたいに道標になれたら良いな」
「あんなに流星群が来るんだ、きっと強い光になる」
「ふふ。……じゃあね、お待たせ。さいごのお願いしても良い?」
「もう良いの?」
「良いよ、君まで危なくなっちゃうでしょ」
「……何を願うの、お嬢さん」
「何処かの星でね、この星を観測できたら。
私の名前を付けてくれる?」
「それで良いの?」
「うん」
「分かった。……ついでに教科書にも載せてくるよ」
「ふふ、ありがと。」
<特別な夜>
マリンスノーって知ってる?
海底に雪が降るなんてロマンチックだよね。
海を模したスノードームを指して笑う君に、
その雪の正体を教えることは出来なかった。
<海の底>
水と炭素と塩分と、それから色々沢山の素材。
それがあれば人間を作れるとは何処かのお伽噺だったか。
人工知能、AI、バーチャル体、画面向こうでも良ければ。
写真、絵画、動画。石像、人形、ヒトガタ。
どうにもこうにも届かない。
<君に会いたくて>
清廉潔白と呼ばれた人だった。
恋人を失い酷い悲嘆に暮れながら、それでも日常に復帰した強い人だった。
素晴らしい人、だったのだ。
「何……で……」
目が覚めた暗い部屋、四肢を固定する固いベット。
いくつも床に落ちた黒髪の塊。
無造作に投げたされた青白い肌。
鉄臭く淀んだ空間。
写真に手を合わせる背中が、一周回って異常なほど。
「やっぱり足りなかったか。」
見下ろす目は冷たく、光無く、感情もなく。
がらがらと酷い音を立てたカートの中身はおぞましく言葉に出来ない。
「あまり暴れないでね、麻酔が切れてしまうよ」
「一体、」
「君が言ったんだろ、手伝えるならって」
俺じゃ上手く出来ないから。
貼り付いていた薄い微笑みすら、浮かべること無く。
「彼女が喜ぶと思うのか!」
「うるさいな、彼女の好物も知らない癖に」
黒髪の美しい女性が笑う写真の前。
椀に積まれた白い玉。
床に転がるいくつもの頭部、
落ち窪んだ二つの穴。
「カニバリストと同じ地獄に行く方法、他にあるなら教えてくれよ」
◯月✕日
明日は待ちに待った家族旅行!初めての飛行機だからちょっと緊張しちゃう!
お母さんがすごく憧れてた国なんだって。
お父さんも料理が美味しいんだぞって、パンフレットを沢山見せてくれたんだ。
おじいちゃんとおばあちゃんと友達のお土産も今から迷っちゃうね。
早く明日にならないかな!
<閉ざされた日記>