・懐かしく思うこと
妹が私のくだらない話で息が出来なくなるほど笑ってるあの瞬間、私たちは子供に戻ったんじゃないかと錯覚する。
あの時から私たちは変わってない。
今も昔も似たようなやり取りをし続けている。
それなのにこの瞬間を「懐かしい」と感じてしまうのは、私が、昔の自分と今の自分は違うものだと認識しているからだろう。
それでも傍から見れば私たちは何一つ変わっていないのだから不思議なものである。
・暗がりの中で
自身の手さえ見えないほどの闇の中、どれがボクでどれがボクじゃないのか何も分からない夜の中、潜むように静かに歩いているキミを見つけた。
闇夜に消えてしまいそうな、それでいて何よりも暖かく輝いてるキミが僕にとってどうしようもなく眩しかったんだ。
いつかその輝きを手にすることが出来たなら、きっとボクもキミのようになれるのかな。
・紅茶の香り
君が着けてた甘酸っぱい紅茶の香水。
今ならあれが本物の紅茶とは似ても似つかない香りだと言うことはよく分かる。
それでも僕にとっての紅茶の香りは、甘くて可愛らしくてなのにどこか儚げな香りなんだと印象付けられてしまった。
いい加減こんな記憶を無くしてしまいたい僕は、本物の紅茶で上書きするように今日もストレートティーを頼む。
それでもどこか物足りなさと違和感を覚えてしまう僕を、いつまでも消えてくれない思い出が小馬鹿にしてくるのだった。
・行かないで
行かないで、と声に出して伝えてしまったら今まで我慢してきた事が全て溢れてしまいそうで怖かった。
だから別れが来るまでこの気持ちは1人で抱えておこう。
そうすればきっと、相手を悩ませることは無いはずだから。
でももし伝えたら?
伝えて、相手も同じことを願っていたら?
もしそうだったら自分はこの世で1番幸せになれるような気がするんだ。
……だとしても、相手に伝える日が来る事は一生来ないんだろうなぁ。
・衣替え
店のドアが開く。顔をあげるといつもと雰囲気の違う彼女がそこに居た。
目を凝らして見ていると少し不安そうな表情を浮かべて身構えられてしまった。
「アタシ、また何かしました……!?」
「いや。いつもと雰囲気が違うと思ってただけだ」
「えぇ?なんでしょう、特に何か変わった訳じゃ……あ!」
突如、両腕を広げる彼女。
「多分これですよ!ほら、カーディガン!」
「カーディガン……ああ。そうか。もうそんな時期か」
「そうですよ!すっかり秋になっちゃいましたもん」
衣替えした彼女を見つめ、すぎた季節を振り返る。
彼女と出会ってからもうこんなに過ごしたのかと思うと感慨深い。
「あのぉ……本当に私何もしてないんですよね……?」
「今回はしていない。それより早くお店の支度を頼む」
「あ、そうだった……!!」
忙しなく動く彼女を見守り、今日も来てくれた平穏に心の中で小さく安堵するのだった。