大空を飛ぶ鳥にとっては
天動説でも地動説でもどっちでもいいのかも知れない
動いているのは 自分
#大空
「今井、お前さ。数学苦手なのは知ってるけどさ、流石に赤点はないだろ、流石に」
真壁先生は困ったように、頭を赤ペンの先で掻いた。
ふううう、とため息をつく。
放課後の呼び出し。数学25点の私。
「すみません、テスト開始のベルは聞こえてたんですけど、ボーッとしてて」
「何だ、寝不足か」
「いえ、先生を、見てて」
私が言うと真壁先生はピクッと動きを止めた。キャスター付きの椅子に座っているから、下から覗くように見た。メガネの奥の切れ長の目に釘付けになる。
「試験監督が先生だったので、見惚れてました。すみません」
入学したときからの私の憧れ。
真壁先生は眼鏡を外して目を指で揉んだ。そしてため息をついて、
「今井、三年だよな。誕生日いつだっけ」
と尋ねる。
「12月です。21日」
「あと三ヶ月か」
「?」
「俺、未成年には手、出せねえよ。それまで待てるか」
そう言うから私は「……教え子もまずいんじゃないですか」と言ってやる。
先生は真顔で嫌そうにした。
「在学中は諦めろ。春になったらだな」
私は嬉しくて頬が緩むのが分かった。
そんな私に「ニヤニヤしやがって。赤点のくせに」
と睨んでくるから、
「先生のせいですよ。試験監督のくせに私のことじいいっと見てたじゃないですか。丸一時間」
あんな目で見られたらテストどころじゃないですよと抗議。
「まあ、すまん」
先生は否定しなかった。
存分に見つめ合い、視線を交わせる唯一の時間。
私たちにとって至福のひとときだ。テストの最中は。
#
ベルの音
街には優しい
クリスマスソングが流れ
色とりどりのイルミネーションが
輝き
過ぎゆく人にも笑顔が浮かぶこの季節
だけど どうしてだろうね
一人でいても誰かといても
いつもよりもの寂しい気分になるのは
#寂しさ
「なあ、姫子。クリスマス俺と一緒に過ごそうぜ」
「……!」
相変わらず天野くんはオープンだ。周りの目などお構いなしに誘ってくる。
今も校内の廊下ですれ違いざま。周りの男子がおおー、勇者だねーと冷やかしていく。
「ちょっと。声が大きいよ、何なのいきなり!」
物陰に押し込んで抗議する。
でも彼はけろっとしたもので、
「今から誘いますって宣言してから誘う奴いる?受けるー」
「……あのねえ」
頭痛くなってきた。
「すまんすまん。姫子と冬も一緒に居られるの、なんか嬉しくてさ。盆と正月がいっぺんに来たみたいなんだよ。浮かれてごめん」
あんまりストレートに言うものだから、私は言葉に詰まる。
天野くんは笑った。
「クリスマスなのにおかしいよな。でも一緒に居たいのは本気。予定ないなら俺とどう?プラネタリウムとか」
「……天野くん、それって私に織姫の頃の記憶取り戻させようと、狙ってるでしょ?」
そう突っ込んであげると、あはは、それは裏読みすぎ、と笑い飛ばされた。
「まぁ前向きに考えといてよ」
じゃな、と手を振って行ってしまう。
ほんとにもー強引なんだから。私はため息を吐きながら、彼を見送る。
まぁ天野くんとプラネタリウムで星を見るのもいいかなと思った。
織姫の記憶がどうこうと言うより、純粋に一緒に過ごしてもいいかなという気持ちになっていた。この、開けっぴろげな彼と。
彦星の生まれ変わりと信じて疑わないひとと。
#冬も一緒に
老夫婦、わけあって北国に移住しました 3
北国では、降雪による破損被害を防ぐため、家屋に板塀を渡したり、木板を窓ガラスに打ち付けたりして、雪囲いをする。
庭の植木も同様。
「雪って重いんだろうねえ、こんなに厳重に囲うんなら」
庭師さんを呼んで、作業をしてもらっているのを見守っていたじーさんが言うと、
「雪かきも大変だっていうよね。腰を痛めるって」
「こわいなあ」
「ほんとだねえ」
でもね、と二人は目を見交わしてふふふと笑みを交わす。
「ちょっとだけ楽しみなんだよね。雪、降るの」
「そうだよね、ここだけの話ね。地元の人に不謹慎だって言われたらたいへん」
ばーさんも目を細める。
「雪が降ったらさ、こっそり雪だるま作ろうか」
「いいねえ。でも、でっかいと腰痛めるかもしれないから、ちっさいのね」
「雪合戦とかしたいなあ。夢だったんだよね、陣地を作って、相手に雪玉投げるの」
「たしかに、楽しそうだったよね。テレビで見たとき」
知らず、声が弾む。
人を童心に返す力がある。雪には。
じーさんとばーさんは、縁側で肩を並べて空を見上げる。そして、二人は曇天から雪が舞い始めるのを楽しみに待つのだ。
#雪を待つ