「今井、お前さ。数学苦手なのは知ってるけどさ、流石に赤点はないだろ、流石に」
真壁先生は困ったように、頭を赤ペンの先で掻いた。
ふううう、とため息をつく。
放課後の呼び出し。数学25点の私。
「すみません、テスト開始のベルは聞こえてたんですけど、ボーッとしてて」
「何だ、寝不足か」
「いえ、先生を、見てて」
私が言うと真壁先生はピクッと動きを止めた。キャスター付きの椅子に座っているから、下から覗くように見た。メガネの奥の切れ長の目に釘付けになる。
「試験監督が先生だったので、見惚れてました。すみません」
入学したときからの私の憧れ。
真壁先生は眼鏡を外して目を指で揉んだ。そしてため息をついて、
「今井、三年だよな。誕生日いつだっけ」
と尋ねる。
「12月です。21日」
「あと三ヶ月か」
「?」
「俺、未成年には手、出せねえよ。それまで待てるか」
そう言うから私は「……教え子もまずいんじゃないですか」と言ってやる。
先生は真顔で嫌そうにした。
「在学中は諦めろ。春になったらだな」
私は嬉しくて頬が緩むのが分かった。
そんな私に「ニヤニヤしやがって。赤点のくせに」
と睨んでくるから、
「先生のせいですよ。試験監督のくせに私のことじいいっと見てたじゃないですか。丸一時間」
あんな目で見られたらテストどころじゃないですよと抗議。
「まあ、すまん」
先生は否定しなかった。
存分に見つめ合い、視線を交わせる唯一の時間。
私たちにとって至福のひとときだ。テストの最中は。
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ベルの音
12/21/2024, 7:57:06 AM