「んもー、天野くん、もういい加減諦めて。私、あなたのこと覚えてないし、思い出せないし、織姫彦星の生まれ変わりだって言われても困っちゃうよ」
昼休み、いつもの彼の猛攻から逃げ疲れて、私は体育館のギャラリーで地団駄踏んだ。追いかけられて、そこまで来てしまっていたのだ。
「思い出せなくてもいーよ、いいから俺とご飯食べようぜ」
焼きそばパン買ってきたんだと、私に差し出す。
う、美味しそう。と思った瞬間、ぐううううとお腹が派手に鳴った。
顔から火が出るかと思った。そんな私に天野くんは
「ほら、食いなって。弁当、教室に置いてきたんだろ?」
無邪気な笑顔で押し付けてくる。誰のせいよ、だいたいあなたが授業終わりのチャイムが鳴り止まないうちに、姫子!昼メシ一緒に食おうぜー!ってやってくるからじゃない、と抗議しようとした。
でもニコニコしてる彼を見て、その気が失せた。
「ありがとう」
と言って、パンを受け取り、手すりの足元に腰を下ろして食べ始める。いただきます。
天野くんも私の隣に座って、自分のパンを食べ出した。むしゃむしゃ。
「美味しそうに食べるねえ、天野くん」
「ん。そお?うまいじゃん」
「そうだけどー」
私もかぷ、と、一口ありつく。天野くんは目を細めて私を見ている。
「なあに?あんまし見られると食べづらいんだけど」
「いやー、やっぱ好きだなぁって。姫子」
ぶ!思わず私は咽せた。げほげほ。
「何急に。びっくりするじゃない」
「うん、きちんといただきますって言うところと、ギャラリーでも立ち食いしないで腰かけて食事するところと、両手でパンを口に運ぶところと、なんか、どれをとっても好きな要素しかねえなあと思ったからさ、すまん。つい」
天野くんは優しい口調で言う。
私はどきんとした。や、やだ、なにドキっと心臓鳴らしてんのよ。褒められたぐらいで、あまりチョロいじゃないの。しっかりしなさい、私。
「もー、ずるいよそういうの天野くん。私にどーしろっていうのよ、もおお」
半ば癇癪を起こして私は残りのパンを口の中に押し込む。むが。
そんな私に微笑を向けながら、こう言った。
「だから付き合おうって。俺たち。昔の記憶とか前世とかどうでもいいよ。今、この高校で入学した者同士、まずはお付き合いしてみようぜ。きっと楽しいはず、俺と姫子なら」
だって座ってパン食ってるだけで、こんな楽しいんだぜ。付き合ったらもっと楽しいに決まっている。相性抜群。
俺となら面白いぜ。バチ、とウインクを決めて天野くんは白い歯を見せた。
#どうすればいいの?
ここにしたためているのは、誰かにとってはただの駄文
あるいは、好きな作品
私にとっては、宝物の数々
いかようにも
お読み頂けるだけで、私は幸せです
ほんのひとときでも日常を忘れて
楽しんで下されば嬉しいです
いつも読んでくださりありがとうございます
#宝物
「前に、キャンドルなんとかってアーティスト、いたな」
アロマキャンドルに火を灯しながら、俺は言った。
クリスマスイブ。上京して初めて二人きり、なぎさと過ごす聖夜。互いにバイト入れず、きょうだい水入らずでパーティしようという話になった。
「そうだね」
なぎさの返事はどこか上の空だ。
「どうした?」
「んーー、なんか思い出して。あの地震の夜。アロマキャンドル貸してくれたなあ、って。西門さん」
「あいつのこと、口にするなよ」
自分でもはっきりと口調が固くなるのがわかる。名前を聞くだけで忌々しい。
元隣人。なぎさのストーカー。うちに盗聴器まで仕掛けて姉の動向を探ってた変態。
あいつの元から逃げるように引っ越して、はやひと月。平穏な暮らしがようやく訪れている。
「本当に西門さんだったのかなあ?盗聴器、疑って怖くて逃げるみたいに越したけど。なんかなー」
姉は伏目がちに続ける。
「後悔するなよ、姉貴の安全のためだ」
「心配性だなあマサムネは。大丈夫だよ、あたしは」
鷹揚に笑うけど、全然信用できない。
あいつはやばい、激ヤバな印象しかない。
特に姉に対する執着が。俺と同等の熱量を感じてしまうのだ。
だから遠ざかった。あいつに気づかれないうちに。
なぎさは柔らかい光を揺らすキャンドルの炎を見つめながら言った。
「さいもんじゅんは、今どうしてるかなー」
ーー?!
「なぎさ、今なんて?」
「ん。何が」
「いや、名前。あいつのーー西門の下の名前。呼んだろう」
「だから、西門淳さん。なにどうしたの、マサムネ。急に顔、真っ赤だよ、怖いよ」
なぎさに言われるまでもない。俺は笑い出したい欲求を堪えるので精一杯だった。
なぎさに、停電の時、キャンドルを貸してくれた、あいつの名前は、じゅんーーキャンドル、淳。
ぶは!たまらず俺は吹き出してしまう。そうかあいつ、淳って言うのか、なるほどね!
「マサムネ?」
肩をくつくつ揺らして笑う俺のことを、怪訝そうに見やり、なぎさは眉を曇らせた。いやごめん、何でもない。ツボっただけ。いやなんか、冗談みたいな名前だなと思って。と言い訳を口に仕掛けた時、
ピンポーン!
ドアチャイムが高らかに鳴った。そして、
「ごめんください〜!遠山さん、Uberイー⚫︎です、こんばんはー」
インターフォンから、あいつのどこか間延びした声がした。
げっ。何でここが?!
#キャンドル
「柔らかな光8」
「たくさんの思い出が詰まってるはずだったのにねぇ」
「そうだね、学園ドラマみたいには上手くいかないね」
15年ぶりに小学校に集まり、卒業記念で埋めたタイルカプセルを掘り出してみたら、保存状態が悪く中身が土や雨水のせいでぐちょぐちょになっていた。紙物を多く入れたはずなのに、ほとんど読めない。
集まったクラスメイトの落胆した顔と、さもありなんという諦め顔を見渡しつつ、俺は汗の浮いた額を拭った。技能主事さんからスコップを借りて掘り起こす作業は、結構重労働だった。男子5人がかりで校庭の隅を掘削した。
「まぁしようがないよなー。プロの手を借りて真空パックとかにした訳じゃないし」
「こうやって、みんな集まるきっかけになったんだからいいべー」
汚れた手を払い、スコップ返したら飲みにいくかと言ってみると、いーなそれ!と場が沸いた。
「匠くん、そういうとこ昔から変わらないね」
手を洗おうと水道に行きかけた時に、声をかけられる。振り向くと、きれいな子が笑っていた。
「ポジティブシンキングなとこ。いつもクラスの真ん中で笑ってたね」
誰だろう。どうしても思い出せない。俺は頭を捻りつつ、「そうだっけ?」と適当に合わせた。
「憧れてたなー私。自分はいつも悲観的でぐじぐじ悩む方だったから、特に」
「買いかぶりじゃないか。俺、いつも先生に叱られてたよ。野々宮あー、うるさいぞって」
「先生の真似?似てるー」
くすくす笑う。……誰だろう。こんなきれいな子、いたか?いや、女子は成人すると化粧してホント昔と別人みたいになるからーー失礼な意味じゃなく、褒め言葉として。うん。
俺は思い切って言ってみた。
「君もどう? これから飲みに行くんだけど、良ければ」
「ホント?行きたい、うわー嬉しい」
ストレートなOKが来て、テンションが上がる。俺は店の名前を告げて、先に行っててよ。俺、手洗いしてスコップ返却とか、職員室に挨拶とかしたら行くからと告げると、わかったと頷いた。
「じゃあね、また」
片手を上げて校門の方へ行く。俺はそれを見届けて、何だかいい雰囲気じゃないかと鼻歌を歌いながら借りたスコップを水で流した。
そこへ、悪友がやってきて「おい、匠。お前さっきなに独り言話してたんだよ、ちょっと気味悪かった」と声を顰める。
独り言?
「なに言ってんだよ、ちゃんといたろー?可愛い子がそばに」
やっかみかと笑うと、そいつの顔が曇る。
「お前大丈夫か?……水道周りにはお前しかいなかったよ。なあ?」
周囲の奴らに同意を促すと、ああ、匠だけだった。変だと思ってたと口々に言う。
俺は訳がわからない。だっていたろ?俺、会話したもん、これぐらいの髪の長さのこういう感じの子と、懸命に身振り手振りで説明する。
「もしかして、匠の言う子って。……この子?」
クラスメイトだったカナが、携帯の画面を見せてくる?そこにはバストショットの、さっきのきれいな子が映し出されていた。
「そうそう、この子だよ。俺に話しかけてきたから、飲み会の場所教えたんだ。来るって言ってたよ」
俺が答えると、カナは何とも複雑な顔をした。泣き出しそうな、嬉しいような。
?
「梓だよ。覚えてない?あたしらアズ、アズって呼んでた。ちょっとこれよりふっくらしてて、大人しくて、あんま目立たない子だったけど、優しくていい子だった。永森梓」
俺は名前を聞いてもすぐピンと来なかった。カナは言いづらそうに視線を逸らした。
「アズね、去年病気で亡くなったんだ。元々体弱くて、学校も休みがちだった子だけど。タイムカプセル、今日ここでみんなで開けるの楽しみにしてた。匠、知らないでしょ。アズ、あんたのことずっと好きだったんだよ。小学校の頃、アンタのことばかり見てたって言ってた。会うの、楽しみにしてたよ」
でも、とカナが唇を噛む。
俺はにわかに信じられなかった。ようやく、朧げに小学校時代の面影が脳裏に蘇る気がした。
匠くん、と俺を呼ぶ声は、子供の頃の彼女のものか、それともついさっき言葉を交わした時のものかーー
カナは優しい声で言った。
「来たんだね、アズ。今日、ここに。クラス会に。15年ぶりにどうしても匠に会いたかったんだろうね」
男冥利に尽きるじゃない。それを聞いていた悪友が、俺、今日奢るわー匠としんみり言った。
俺は水道にスコップを立てかけて、彼女が消えた校門を見やる。姿はそこにはないと分かっていても。
匠くん、そういうとこ昔から変わらないね。憧れてたなー。
彼女の声は、もう曖昧だ。優しい風が頬を撫でる。
会いに来てくれたのか? 俺に。
時間とか、色んなものを超えてーーここまで。
もしそうなら、ありがとう。
噛み締めるみたいに俺は思う。
タイムカプセルの中身は紐解けなかったけど、大事な言葉と想いはしっかり受け取れたよ。
アズ。梓さん。
もう少し君と話したかったな。それだけが心残り。
俺は水道の蛇口をキュッと閉め、スコップを持ち上げてさぁ行くかと昔の級友たちに笑いかけた。
#たくさんの思い出
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「冬が来るねえ」
息が白くなり始めた朝。電車を待つ駅のホームで彼女は言った。
「そうだね、僕、寒いの苦手だなー」
僕が、冬の朝のベッドのぬくぬくとした誘惑を思い出しながら言うと、
「私もだよ、……でもね…寒いとね、くっつけるよね。歩いてる時もこんなふうにさ」
ずぼ、いきなり背後から制服のブレザーのポケット、両方に手を突っ込んでくる。
「わ、びっくりしたあー、何々?急に」
「あははー、びっくり? こんなふうに彼氏のポケットで手をあっためてもらうの、夢だったんだ。お付き合いしたら」
照れくさそうに笑う。
うーん、可愛いなあ。でれっと鼻の下が伸びる自覚はある。
「一つのマフラーで、ぐるぐる首を巻こうか。二人分」
「ホットのレモネード、ストローで一緒に飲むとか」
「んもー、それじゃあただのいちゃいちゃリストみたいじゃないのよー」
あはは。うふふ。僕たちは胸をときめかせて、冬の訪れを待ち焦がれた。
……でも。その季節がくる前に、僕らは別れた。些細なことがきっかけで、喧嘩になって。そんな人だとは思わなかった、それはこっちのセリフだよ、と、口論がエスカレートして、あっけなく。
別に彼女に未練はないよ。でも、
冬の季節に隣に誰もいないのは、さびしいものだね。ポケットに手を突っ込む彼女の小さい手を、手袋をはめる時、ふと思い出したりするんだ。
秋の終わりに。
#冬になったら