KAORU

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9/25/2024, 11:28:22 AM

「ずうっと同じ景色だねえ」
「ほんとだね」
「真っ暗」
「うん、真っ暗だ」
「ずうっと続くんだね、これ。目的地に着くまで」
「そうだね」
「飽きるね」
「しようがないよ。景色は変えられないもん」
「片道、何カ月かかるんだっけ。2週間?」
「2週間と3日、かな」
「長い新婚旅行だねえ」
「……後悔してる? 僕と結婚したこと」
「なんで? するわけないでしょ」
「でもさっきから飽きるとか、長いとか」
「そりゃ長いよ。だって2週間と3日だよ? 月まで到着するの」
「地球に居たかった? あのままずっと」
「居られないじゃん。人口爆発で食べ物作る農耕地が足りなくなったんだから。月のコロニーに行くしかないんだよ。政府の言うとおり」
「ーー僕にもっとお金があれば、残れた。土地、持てなかったから。地価が高騰した地球に。だから」
「ねえ、辛気臭い話は止めよ? あたしたち新婚旅行なんだよ? たとえ窓から見える景色が真っ暗で果てしない漆黒の世界でも、死ぬほど退屈でも、あたしはあなたと一緒ならそれで幸せなんだから」
「……僕だって、君となら、月のコロニーだってパラダイスさ」
「……ふふ、キザなセリフ、似合わなーい」
「いいじゃん、言ってみたかっただけだよ」
「照れ隠しめ。……あーあ、それにしてもずうっと同じ景色だねえ」
「ほんとだね」

 地球発の宇宙船。3等客室の船窓にて。

#窓から見える景色

9/24/2024, 10:50:09 AM

 僕は、声をかけてみたかった、君に。

 この駅での停車中、向かいのホームに入ってくる電車。いつも同じ車両、同じドアのところに立って本を読んでいる君。
 可愛いな、どんな本読むのかなって、気になってたーーずっと。
 こないだゲリラ豪雨に見舞われて、駅で足止めを食った時。君と目が合った。ドア窓越しに。
 チャンス! 思い切って、ジェスチャーで聞いた。
 何の本?て。
 君は慌ててカバーを外して、表紙と作者名が分かるようにドア窓に押し当てた。びたっと。
 リアクションが嬉しかった。めっちゃ可愛いと思った。
 

 その数日後、タワレコで偶然君を見かけて、僕はとっさに声を掛けた。ねえ、君。僕、こないだ電車ですれ違った……、ミセス、聴いてた。覚えてる?
 君は目を丸くした。笑顔を見せて、すぐにそれが凍った。
 困ったように、躊躇うように僕を見て、ごめん、と顔の前で手を合わせた。
 そして、口をゆっくり動かして、声には出さずにこう言った。
 私 耳 聞こえない。ごめんね。
 泣き笑いみたいな、顔をした。

 
 ーーえ。
 ポカンとしたと思う。だって、君いま、タワレコ来てるじゃん。視聴ブースにいるじゃん。でもって、ミセスのアルバム、手にしてるじゃーー
 持っては、いる。でも聴いてはいない。
 ジャケットを眺めている、だけーー
 僕の目線に気づいて、君は恥ずかしそうにそれをラックに戻した。そして逃げるみたいに、店を出て行った。
 
 友達は、やめとけよと忠告した。耳が聞こえないのは、気の毒だとは思うよ。でも、お前が付き合うことはないだろ。縁がなかったんだよ。お前ならもっといい子、すぐに見つかるよと。
 ……そうだろうか。
 僕は君の、電車のドアの近くの手すりにもたれて本を読む姿が好きなんだ。世界がしんと澄んで、雑音が周りから消えていくような気がする。どんな音楽よりもきれいな音が奏でられて気がするんだ。
 透明な何かが君を包んでいる。
 あんな子、他にいないーー

 僕は君が好き。君のことを想うと胸が満たされる。僕は君からもう、形のない大切なものをきっとたくさんもらっているんだ。

#形のないもの
 
「声が聞こえる2」

9/23/2024, 10:59:56 AM

「シュウくんてば、なんか最近、おっきくなったんじゃない?」
「ガッチリっていうか、むっちり……」
「ヤダヤダ校内一のイケメンなのに、デブっちゃヤダ! イケメン台無し!」

 もぐもぐ。中休みの時間も惜しんでオヤツを食べる。友達が声を潜めて彼に耳打ち。
 「なぁシュウ、周りの女子の怨念がこえーんだけど」
「気にしない、僕いま忙しんで」
 食べるのに。
 友達は呆れと諦めが入り混じった顔でかぶりを振った。
「隣のクラスの山下レンだろう。付き合うために太っるって。一体全体どーなとんねん」
「ほっといてよ、好きなんだからしょーがないじゃん」
 もぐもぐ。
「……なんで好きなの、あの子のこと。昔からなんだろ」
「んー、それはあ」

 
 まだ幼稚園のころのことだけど、僕ははっきりと覚えている。
 園のジャングルジムで遊んでいた僕は、てっぺんから落っこちた。派手に。
 きゃあああ!せんせー、シュウくんが落ちた!頭から血、出てる! 死んじゃうううう!
 一緒に遊んでいた園児たちが悲鳴を上げた。たらり。目の前に赤い液体が垂れてきた。くらっ。目の前が暗くなって、僕は意識を失いかけた。
 その時、憤然と叫んだのがレンちやんだった。
「死なせないもん! ぜったい、シュウちゃんはあたしが守る!」
 先生たちでさえうろたえて、手出し出来ないでいた僕を、ガッと担ぎ上げてレンちゃんは走った。多分病院に駆け込もうとして。
 ぶるぶる肩が震えていたのを、レンちゃんの背中におぶわれた僕は今でもよく覚えてるんだーー


「それ以来、僕はレンちゃん一筋さ」
 もぐもぐ。
「……イケメンだね、彼女」
「だろう? あげないよ。レンちゃんは僕のものだからね!」
「いや、別に手ェ出さんけどさ」
「僕が太ったら付き合ってくれるんだ、ようやく。頑張るしかないよ」
「ーーわかった、俺、協力するわ。お前の純愛に打たれた。お供えするわ、今日から」
 これ食えよとリュックからメロンパンを取り出す。
「うわー、ありがとう」
 それから口づてで、シュウの恋の話が伝わり、日に日に彼の元へ差し入れが増えるようになった。
 そして、彼の体重もーー


続く #秋恋2

#ジャングルジム

9/22/2024, 11:17:38 AM

 今日ばかりは、ゲリラ豪雨に感謝。

 不謹慎でごめん。駅地下に浸水して、立ち往生した電車内。もう1時間も足止めを喰らい、うんざりとぐったりが充満していた。
 でもーーあたしはラッキーだった。言わないけど。
 だって、下校のとき、この駅で停車する、すれ違うふたつの電車。向かいのホームに停まる車両、このドアのところに寄りかかって立つ、彼。
 いつも1分くらいしか、見られない彼を、今日はじっくり眺められる…!
 〇〇高校の制服。男子校にほっとしたりして。いつもイヤホンして何かを聴いてる。横顔がかっこいいなと目についた。のが、きっかけ。
 いつもこの駅の停車時間に、探すようになってた。
 好き、なのかなあ。電車のドアのガラス越しに見るだけで、名前も知らない。話もしたことのない人だけどーー
 そこで、向こうのドアの彼がふとあたしを見た。目が合う。バチッと。
 うわ、ーー何?! 見過ぎた? 勘づかれた? やばい〜〜
 焦ってあたふたするあたしに、彼はトントンとドア窓を突いて、指先をあたしに向けた。
 え?
 ジェスチャーで示す。あたしの手元を。
 え?これ? あたしは手にしてる文庫本を見た。カバーをかけてる。
 何の本か、訊いてるのかな。えーでも、違ったら恥ずかしいな。
 迷ったけど、思い切ってあたしはカバーを外した。タイトルと作者名が見えるようにドア窓に張り付ける。びたっ。
 彼はまじまじとおでこがくっつくように本を見て、
いいね、というように口を動かした。
 あ、笑った……!
 めっちゃカッコいい。うわーどうしよう、もしかして好きな作者さんだった?読んだことある本なのかな。
 文庫本、開いてて良かったよおおおお。隠れて彼のことチラ見するためのアイテムだったけど、とにかく感謝!
 あたしは会話を続けたくて、今度はあたしから窓を突いた。つんつん。
 彼が呼ばれたのに気づく。あたしは自分の耳を示してから彼のイヤホンを指差し、首を傾げた。
 ーーなんの曲、聴いてるの?
 伝わるかな。伝われ、伝わって。お願いーー
 すると彼は、ああと片方のイヤホンを外し、口を動かした。
 ミセス。
 そう言った。
 雨音が、急に強まった。ざあっと視界を世界を覆う。
 でも聞こえた。確かに。
 彼の声が聞こえた。届いた。今、あたしにーー


#声が聞こえる

豪雨に見舞われた方々がいらっしゃる、こんな時にと、お叱りを受けるかもしれません。すみません。
ご不快に思われませんように…


9/21/2024, 12:18:10 PM

 教室から見える紅葉が色づいてとてもきれいだ。 


「レンちゃん、もう秋だね。そろそろ僕と付き合ってよー」
「やだ、あたしより体重軽い子とは付き合わないもん。いつも言ってるでしょ」
 もぐもぐ。メロンパンを頬張りながらレンはけんもほろろ。
 シュウは机に突っ伏した。
「何でだよー、俺、体質的に太れないんだよ、頑張っていくら食べてもダメなんだよう」
 めそめそ。
「泣いてもダメ。涙のぶん、痩せちゃうよ、泣かない方がいいよ」
 ぺろりとパンを平らげ、指を舐め取りながらレンは言った。
「レンちゃんのいじわる!嫌いだっ」
「嫌いで結構〜。あたしはマッチョでガッチリした彼氏捕まえるもーん」
「うわあああん」

「……ねえあれ、なんのコント?教室のど真ん中で」
 ヒソヒソ。女子の噂話。
「あーあれ、年中行事だよ。幼なじみなんだ、アイツら。昔っからシュウがレンにベタ惚れで半ストーカー状態」
「ええええっ。シュウくんてうちの高校の1年のイケメンNo. 1だよ? 3年生まで狙ってるという噂もある」
 そのNo. 1が、レンを?
 信じられないと目を見開く。
「まぁ気持ちも分からんでもない」
 レンはそのう、どう見てもイケメンと釣り合う容姿はしておらず、なんというか、とてもぽっちゃりとおおらかな体格を持て余すような女の子だ。

「アンタマジでうざい。いったいどうしたらあたしのこと諦めてくれんのよ」
 ほとほと呆れた顔で、レンが言った。
 シュウは眉間に皺を寄せてむうと考えた。考え抜いた末こう言った。
「レンちゃんが痩せたら、俺、諦めるよ。二言はない」
「それって本当? うそじゃないわね」
 キラんとレンの目が光る。
 生真面目にシュウは頷いた。もちろん、と。
「その代わり俺がレンちゃんより太ったら、俺と付き合ってよ。約束だよ?」
 二言はないよねと聞かれて
「もちろん。よーし、見てなさい。アタシ痩せてやるから。シュウが太るより先に、ぜったい」
 鼻息荒く言い切った。
「そうはさせるか。俺も今日からガチで食べて、ぜったいレンちやんよりでかい男になってやる、見てろ!」
 2人の間で火花が散った。バチバチ。
 ガチだーーガチだわ。周りで見ていたギャラリーは息を呑んだ。すごい気迫だ、2人とも。


 ーーん?
 なんか、おかしく、ないか……?今のやりとり。

 シュウ(秋)とレン(恋)のドタバタの恋の行方は、またの機会に。

#秋恋

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