ただ君だけ:
あたたかな陽が射し込んだその場所に。
薫る風に振り向いたその先に。
眠る前のまどろみの、夢と現のその間に。
そこにただ君だけがいてくれれば、それだけでじゅうぶんだったんだ。
青い青い:
きょう私に温かな優しさを注いでくれたあの人は、きっといつか大きな傷を抱えた人だ。
そのとき必要だったはずの優しさを与えてくれる背中はとても大きく、それでいてひどく儚く見えた。
この優しさを、思いやりを、私はあなたに返せるだろうか。
どこまでも澄みわたる雲一つない空が、未熟な私を笑っているようだった。
夜が明けた。:
真っ暗な部屋に薄明かりが射す。遮光カーテンの向こうでは陽が昇り始めたようだ。じきに鳥も囀りだすだろう。
季節が変わって日の出も早くなったものだ。ほんの少し前までなら、この時間はまだ夜の闇に満たされていたのに。
ほんのわずかな陽の光とその温度で瞼が痛い。逃げるように布団を被って、束の間の暗がりに閉じ籠る。
今日も朝が来てしまった。
昨日も一昨日も、それよりずっとずっと前から、毎日朝に怯えている。眠りにつこうがつくまいがひどく恐ろしいことに変わりはなくて、どれだけ願っても明けない夜にはいられなくて。
それを希望とする描写がどうしても飲み込めない僕を置き去りに、明日も明後日も夜は明ける。どうせ逃げられないのなら、僕もその光の中で生きられるようにしてくれよ。
𝑩𝑰𝑮 𝑳𝑶𝑽𝑬______
星明かり:
人に揉まれて歩くのが嫌になって道を少し外れる。
行き交う人や車の音が遠ざかるにつれて呼吸が深くなる気がした。息をすることだけに集中して、頭を空にして歩く。
ふと視界が開けたかと思うと、いつの間にか公園に入っていたようだった。遊具などは特に見当たらないが、よく整備されているのが分かる。
近くにあったベンチに腰を下ろして見上げた空は夜だというのにどこか明るく、昼間の黒猫の毛並みが思い浮かんだ。くつろぐ猫よりずっと空虚ではあるが。
もし、この都市全体が停電に陥ったなら、いま見上げている空にはいくつの星が見えるだろうか。
たとえほんの少しの間だとしてもそんなことになれば多くの人が困ってしまうだろうし、その中には自分も含まれるだろう。それでもそんな非日常をどこかで思い描いてしまう。人前に出すことは憚られるが、これもある種の夢なのかもしれない。
何もない明るい空をぼんやりと眺めているうちに呼吸が整ってきた。そろそろ歩き出せそうだ。
この目に捉えられない星々の輝きに思いを馳せながら初めて歩く道は、なかなか悪くないような気がした。