ねこいし

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2/21/2024, 2:12:45 PM

『0からの』

・優(ゆう)
・先輩


「先輩。俺のことをどれくらい好きか、ゼロから十で表すと、どうですか!」
「ゼロ」

大好きな先輩はそう言い放つと、家への帰路をさっさと歩いていってしまう。優がそれを早歩きで追いかけると、先輩のスピードは早歩きから小走りに進化してしまった。

中学二年生の頃、初めて先輩を見た時から、これは運命だと優は一瞬にして悟った。彼の綺麗な顔、指の一本一本、まつ毛、爪など全てが、優は愛おしくて仕方がなかった。恋をするまでは遅くなかった。出会って、というより先輩を見て三秒で落ちたと思う。高校一年生になった今でも、勿論ずっとずっと愛している。

愛おしい、愛おしい、愛おしい、愛おしい。この小柄な身体にも関わらず意外と力は強いところや、学校内で有名なビッチだということも、昨日は同学年の男を口説きその男の家に泊まったことも。先輩のことは何から何まで全て知り尽くしたい。

「先輩! 大好きです!」
「知ってる。あと僕に着いてきてもいい事ないよ。ていうか来ないで」

いい事がない? そんなことありませんよ先輩。
貴方と居られる時間が長くなる、こうやって話すことができる、その真っ白に染めた校則破りの髪の毛を眺めることが出来て、唾液を飲み込む度に動く喉仏を見つめられる。

ずっと目を見ていたら少し照れて目を逸らすところ、これでもかというくらいに褒めちぎると顔を真っ赤に染めるところ、首筋に浮かび上がった赤い愛の痕と鎖骨より少し下にある痛々しい根性焼きがちらと見えるところ、制服で隠れているその身体には大きな火傷の痕があるところ、右太ももの内側にほくろがあるところ、まだまだある。その全てが愛らしくて、優は先輩のことが本当に大好──

「そんなに僕のことが好きなら、優くんの好きなように触ってみる?」

不意に先輩は振り返り、その顔に蠱惑的な微笑を作った。彼は優の首に緩く腕を巻きつけ、顔を首元に埋める。
首に先輩の柔らかな唇が触れ、彼といるだけでほとほと温まっていた身体はさらに発熱した。もし自分にもう少しでも理性の欠片が不足していれば、先輩のこのうざったい服を剥がして獣のように襲っていた頃だろう。実際、そうしてしまいたいと、本能のようなものが強く叫んでいるのが聞こえた。
しかし優はあえて、冷ややかな声で告げた。

「やめてください」

先輩がその言葉を聞いて、ぴくりと反応したのが伝わる。優は巻かれた腕を乱雑に振り解き、先輩の肩を押して少し遠くへやった。

「……なに。僕のこと、好きなんじゃないの」
「もちろん。大好きです」

優はにやけないように口元に力を入れる。

嗚呼、可愛らしい。いきなり突き放されて不安になったその表情が、堪らなく愛くるしい。先輩はどうしようもなく愛に飢えているから、ああやって冷たくされると直ぐに動揺してしまう。

「先輩とそういうことは、まだしたくないです」

優がきっぱりも言うと、あっそ、とだけ言い彼はまた歩き始める。優もやや急ぎ足で追いつくと、先輩は地面をじとりと見ながら訊いた。

「まだ、って、いつになったら抱いてくれるの」
「うーん……ゼロから、評価が上がったら?」
「やっぱり十になったみたい、っていったら抱く気になる?」
「なりません! それ、俺を好きなんじゃなくて、そういう行為をしたいだけでしょう?」

先輩は「そうだよ」と頷き、別れ際にばいばいと手を振った。優はその後ろ姿を最後の最後まで見送った後、自宅への帰り道を辿り始める。

己の首に触れると、彼の唇の感触が蘇るようで愛欲に溺れかける。いやらしい事を想像しないよう、優は頭を勢いよく左右に降った。

心の中で「待っててください」と密かに呟く。
先輩の優へ対する評価が、ゼロや十でもなく、そんな数字なんて概念では測れない程度に成長するまで。自分に深く依存してしまえと考えてしまうのは、悪い事ではないはずだ。互いに愛し合う、そして先輩は自分がいないと不安に駆られるようになってしまえばいい。それがゼロからの最終目標だ。
それまでは、例え評価がゼロだろうが先輩に愛を伝え続けるのだ。

「唇ちょっと乾燥してたなぁ……可愛い」

優は自分が粘着質な笑みを浮かべていることに気が付き、ハッと顔を引き締める。
薬局に寄るのを忘れては行けないな──優は同時に気も引き締め方向転換をし、リップクリームを買うため近所の薬局へと歩を進めた。


2/20/2024, 1:22:03 PM

『同情』

・柚穂(ゆずほ)
・秋人(あきと)


*長めです。僕の書く文はいつも長くなってしまいます。それが最近の悩みです……。
少し長めの物語が読みたい人向け、ということにさせてください。


『可哀想な奴』と、ぼくは若干同情した。
裏表がなくて、周りの奴らに良い顔をして、酷いことをされても自分に非があったんだと思い込んで。そんな『良い奴』過ぎるから、ああやってウザがられてしまうんだ。
ぼくがどれだけ「お前はお人好しすぎる。良い奴はどれだけ良い奴でも、ずる賢い奴には勝てない」と言おうが、柚穂は困ったような顔をするばかりだった。彼は皆の幸せが自分の幸せでもあるような、そんな聖人みたいな性格をしている。だから悪い噂が多くあるぼくにも屈託のない笑みを向けて、仲良くなろうとしてくるのだ。

小学生から高校二年生になった今まで、ぼくには友人らしい友人はいなかった。柚穂以外、ぼくに話しかけてくる人は誰もいない。それなのに他の生徒といえば、こそこそと噂話ばかりするような連中だ。

「親が怖いヤクザらしいぜ。やべ〜」
「えー有名だよねその話。マジなの?」
「マジマジ。本人もあんなんだしさぁ、うわこっち見た」
「厨二病だろあいつ。孤独がカッコイイとか思っちゃってるタイプ」

教室、廊下、どこにいてもくだらない会話が耳に入る。ぼくは居心地が悪くなり、教室の外に出た。

「え、今睨まれたんだけど!」
「やば。今の話聞こえてた説無い?」

中には同情の目を向けてくる者もいた。目を向けてくるだけで、ぼくに話しかけようとはしてこない。同情するだけならば、ああやってわざと大きな声で噂をしていた奴らと大差ない。どちらにしろ、異端者を見る目に変わりはないのだから。

* * *

昼休憩の時間、おれは教室で一人で弁当を食べていた。前はクラスメイトの皆と談笑しながら昼食をとっていたのだが、今は誰もおれと話そうともしなかった。話しかけても、あまり相手にされない。

「良い子過ぎてうざい」と言われた。だからおれが皆を不快にさせてしまったのだと思う。でも、どうしていいか分からなかった。おれにとっては普通に毎日を過ごしていただけで、どう直せば皆がまたおれと笑いあってくれるのか、考えても結論は出なかった。
そういえば、秋人にも似たようなことを言われたことがある。「お前はお人好しすぎる」と。
おれが今の状況になってしまって、クラスメイトの何人かから同情の目を向けられることもあった。でも、おれと一緒に弁当は食べてくれない。完全に、見ているだけだ。

「みんなと一緒に食べてるみたいだから」と最近、母親は弁当のサイズを前のものよりも一回り大きいものにしてくれた。それが余計におれの心を悲しみで蝕んでいった。一人だと食べきれない、しかし残してしまったら心配をかけてしまう。何とか食べ切ろうとはするが、徐々に箸の動きは遅くなっていった。

突如、クラスメイトがざわつきだす。おれは不思議に思って弁当から目を上げると、目の前には秋人がいた。

「うわっびっくりした! 秋人、あの、どうしたんだ? 他のクラス入っちゃだめなんだぞ?」
「同情するだけの奴らと一緒になりたくないだけだ。別に柚穂の為じゃない」

ふん、と秋人は鼻を鳴らし、誰も使っていない椅子を持ってきておれの机のそばに座った。おれの弁当のおかずを手でつまんで食べる秋人を見つめていると、優しい彼は眉を寄せて素っ気なく言った。

「ひとり飯は性にあわないんだろ」

その言葉はおれの心をぽっと温めてくれて、思わず笑いが零れた。
秋人には良くない噂が多くあって、そのせいで人に誤解されることがよくある。でもおれは、ちゃんと知っている。秋人は噂通りの人間ではないことを。
おれが笑うと、秋人は視線を窓の方へとやってしまった。

「ありがとう秋人……えへへ、やっぱ良い奴だな」
「お前の為じゃなくてぼくの為にしてるんだからな」
「そっか……でも、おれ嬉しいよ。秋人は怖くて悪い奴じゃないって、誤解が解けてくれたらいいんだけどなぁ」
「……どうでもいい。お前が誤解してないなら、それでいい」

2/19/2024, 11:24:23 AM

『枯葉』

・陸(りく)
・真央(まお)

かさりかさりと、真央と陸が歩く度に音を立てる枯葉。見上げると、すっかり寂しくなってしまった枝が風に吹かれ揺れている。
握っている陸の手は自分の手と同じくらいの大きさで、ひんやりとしている。彼の顔を盗み見ると、上でも前でも真央でもなく、地面の枯葉に視線を向けていた。

真央に対する愛情がなくなっていることなど、とっくの昔に知っていた。真央も、付き合いたての頃と同じ熱量があるかと聞かれれば、頷けなかった。

どちらから、という風でもなく、真央と陸は歩みを止める。真央を見つめる陸の目は、数ヶ月前から少しずつ冷めていった。
彼は少し迷ったような表情をしたが、やがて決心したように口を開いた。

「……別れよっか」

真央は、自分で思っていたよりもショックは受けなかった。いつかはこの時がくるだろうと、覚悟していたからだろうか。
真央は静かに頷き、陸の手を離した。愛おしさも寂しさも、全てを吐き出すつもりで、真央は陸に微笑みかけ別れの言葉を口にした。

「それじゃあ……さようなら。カップラーメンばっか食べてちゃ、駄目だからね」
「はは。分かってるよ」

彼は笑い、そして後ろを振り返りここを立ち去ろうとした。真央も反対側を向き、歩き始める。
しかし一体どうしたというのか、涙が溢れて溢れて止まらなくて、頬を伝い地面に落ちた。
彼との幸せだった日々が、思い出が、真央の心を強く揺さぶる。
やっぱりまだ大好き。そう思った。

陸が歩いていった方を真央も辿り、枯葉が鳴るのが段々と早くなる。走って走って、ようやく彼に追いつくことが出来た。
いきなり腕を掴まれた陸は驚いたようで、戸惑いながら「どうしたの」と真央に優しい声音で問いかける。

「やっぱり別れたくない。大好きなの、陸のこと」
「…………」

涙でぐしょぐしょになった顔で陸の顔を見上げる。
彼は真央の手を自分の腕から離させ、涙で濡れたその手をぎゅっと握り、静かに首を横に振るだけだった。

2/18/2024, 12:55:17 PM

『今日にさよなら』

・柚穂(ゆずほ)
・秋人(あきと)

「いつまでもウジウジ泣くな馬鹿柚穂」
「だ、だって、うぅぅ……ごめんな秋人……」

しゃくりをあげている柚穂の頭に軽くグーを落とす。泣き虫な幼馴染はどうにか涙を引っ込めようと、目元を力ませ、下唇を強く噛み締めている。
やれやれだ。ぼくは大きく息を吐き、先程の惨状を思い出した。

三月二十九日はぼくの誕生日。今年で二十三歳だ。
「今年は頑張って秋人にケーキ作るんだ!」
そう張り切って出来上がったものは、ごく普通のショートケーキ。店で売るには少し不格好な、それでも柚穂が精一杯の気持ちを込めてくれたのであろう、店で見る品物とはまた違う特別なケーキだった。
夕飯も終え、よし食べようと柚穂が冷蔵庫から取り出し机に運ぶまでの間。
彼は椅子につまずき、それはもう絵に描いたのうな大転倒であった。
ケーキがどうなったかは言うまでもないだろう。

「あのな柚穂」
「うっ、うぇっ、おれのせいでゲーギが……」
「……柚穂」
「あぎどにも作るのてづだっでもらっだのに」
「…………」

「…いっだあああ! お、おでこ……」

強めにデコピンされた箇所を柚穂は手で押さえ、涙でいっぱいになった目でぼくを見た。
服の袖でぐしぐしと涙を拭いてやり、ぼくはもう一度、次は軽めにデコピンをしてやった。

「仕方ないだろうが、落ちたんだから。泣いて元に戻るんだったらぼくも泣く。でもそんなこと無理だろ。
柚穂が頑張って作ってくれてたのはちゃんと知ってるから、いいんだよもう」
「でも、一緒に食べたがっだ……」

全く、ケーキを落としてしまったくらいで泣く奴はこいつだけだろう。超がつくほどお人好しで間抜けで愚直で、良い奴め。
ぼくは柚穂の髪をワシワシと掻き乱して、彼を元気づけるつもりで言った。

「誕生日は今日しかないけど、ケーキはいつでも食える。また作ればいいだろ」
「……うん。ありがとな秋人」

ようやく泣き止んだ柚穂が、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。ぼくの誕生日をぼく以上に喜んでいるのもこいつくらいだろう。
明日、ショートケーキの材料を買いに行くことをぼくは思い、柚穂の頬にある乾いた涙の痕を強く擦った。

「……柚穂の誕生日は、ぼくがケーキ作るか」
「ほんとか!?」
「それで、椅子につまずいて落としてやる」
「え……でも、おれも落としちゃったもんな……」
「馬鹿柚穂。冗談だよ」

2/17/2024, 2:55:01 PM


何度も読み直して何度も泣いた本があるのです。
無意識のうちに口ずさんでいる歌があるのです。
天気のいい休日に出かける時、着ていきたいと思う服があるのです。
いくらでも食べたいと思うお菓子があるのです。

お気に入りのものは僕をちょっといい気分にさせてくれます。ぽっ、と泡が弾けたような、爽やかな気持ちになるのです。
お気に入りのものは、変化していきます。僕は飽き性だから、お気に入りのものでも長続きはしません。
嫌いになったわけではありません。それはそれで、懐かしくてちょっといい気分にさせてくれます。

数ヶ月前、これを毎日聞いていたなと思う曲があるのです。
小さい頃はこれを肌身離さず持ち歩いていたなと懐かしい気持ちにさせてくれるお人形があるのです。

それらをもう一度愛でてみると、結構いい気分になれるかもしれません。
ぽぅっ、と膨らんだ丸い泡のように、「いい気分」がいっぱいになって僕を満たしてくれます。
そんな気持ちも、僕のお気に入りなのです。

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