ねこいし

Open App

『0からの』

・優(ゆう)
・先輩


「先輩。俺のことをどれくらい好きか、ゼロから十で表すと、どうですか!」
「ゼロ」

大好きな先輩はそう言い放つと、家への帰路をさっさと歩いていってしまう。優がそれを早歩きで追いかけると、先輩のスピードは早歩きから小走りに進化してしまった。

中学二年生の頃、初めて先輩を見た時から、これは運命だと優は一瞬にして悟った。彼の綺麗な顔、指の一本一本、まつ毛、爪など全てが、優は愛おしくて仕方がなかった。恋をするまでは遅くなかった。出会って、というより先輩を見て三秒で落ちたと思う。高校一年生になった今でも、勿論ずっとずっと愛している。

愛おしい、愛おしい、愛おしい、愛おしい。この小柄な身体にも関わらず意外と力は強いところや、学校内で有名なビッチだということも、昨日は同学年の男を口説きその男の家に泊まったことも。先輩のことは何から何まで全て知り尽くしたい。

「先輩! 大好きです!」
「知ってる。あと僕に着いてきてもいい事ないよ。ていうか来ないで」

いい事がない? そんなことありませんよ先輩。
貴方と居られる時間が長くなる、こうやって話すことができる、その真っ白に染めた校則破りの髪の毛を眺めることが出来て、唾液を飲み込む度に動く喉仏を見つめられる。

ずっと目を見ていたら少し照れて目を逸らすところ、これでもかというくらいに褒めちぎると顔を真っ赤に染めるところ、首筋に浮かび上がった赤い愛の痕と鎖骨より少し下にある痛々しい根性焼きがちらと見えるところ、制服で隠れているその身体には大きな火傷の痕があるところ、右太ももの内側にほくろがあるところ、まだまだある。その全てが愛らしくて、優は先輩のことが本当に大好──

「そんなに僕のことが好きなら、優くんの好きなように触ってみる?」

不意に先輩は振り返り、その顔に蠱惑的な微笑を作った。彼は優の首に緩く腕を巻きつけ、顔を首元に埋める。
首に先輩の柔らかな唇が触れ、彼といるだけでほとほと温まっていた身体はさらに発熱した。もし自分にもう少しでも理性の欠片が不足していれば、先輩のこのうざったい服を剥がして獣のように襲っていた頃だろう。実際、そうしてしまいたいと、本能のようなものが強く叫んでいるのが聞こえた。
しかし優はあえて、冷ややかな声で告げた。

「やめてください」

先輩がその言葉を聞いて、ぴくりと反応したのが伝わる。優は巻かれた腕を乱雑に振り解き、先輩の肩を押して少し遠くへやった。

「……なに。僕のこと、好きなんじゃないの」
「もちろん。大好きです」

優はにやけないように口元に力を入れる。

嗚呼、可愛らしい。いきなり突き放されて不安になったその表情が、堪らなく愛くるしい。先輩はどうしようもなく愛に飢えているから、ああやって冷たくされると直ぐに動揺してしまう。

「先輩とそういうことは、まだしたくないです」

優がきっぱりも言うと、あっそ、とだけ言い彼はまた歩き始める。優もやや急ぎ足で追いつくと、先輩は地面をじとりと見ながら訊いた。

「まだ、って、いつになったら抱いてくれるの」
「うーん……ゼロから、評価が上がったら?」
「やっぱり十になったみたい、っていったら抱く気になる?」
「なりません! それ、俺を好きなんじゃなくて、そういう行為をしたいだけでしょう?」

先輩は「そうだよ」と頷き、別れ際にばいばいと手を振った。優はその後ろ姿を最後の最後まで見送った後、自宅への帰り道を辿り始める。

己の首に触れると、彼の唇の感触が蘇るようで愛欲に溺れかける。いやらしい事を想像しないよう、優は頭を勢いよく左右に降った。

心の中で「待っててください」と密かに呟く。
先輩の優へ対する評価が、ゼロや十でもなく、そんな数字なんて概念では測れない程度に成長するまで。自分に深く依存してしまえと考えてしまうのは、悪い事ではないはずだ。互いに愛し合う、そして先輩は自分がいないと不安に駆られるようになってしまえばいい。それがゼロからの最終目標だ。
それまでは、例え評価がゼロだろうが先輩に愛を伝え続けるのだ。

「唇ちょっと乾燥してたなぁ……可愛い」

優は自分が粘着質な笑みを浮かべていることに気が付き、ハッと顔を引き締める。
薬局に寄るのを忘れては行けないな──優は同時に気も引き締め方向転換をし、リップクリームを買うため近所の薬局へと歩を進めた。


2/21/2024, 2:12:45 PM