明くる日の朝に消え去ろう。
ここに居る意味も失くなった。
がらんどうに慣れるなら、
いっそ箱さえも消してしまえ。
夜半過ぎの決意は、心臓を高鳴らせ。
奇妙な高揚感だけが、感情を支配した。
明くる日の朝に消え去ろう。
夜明けと共に消え去ろう。
月と共に消え去ろう。
朝日の代わりに消え去ろう。
高鳴る鼓動の音だけを残して。
#胸が高鳴る
「そこを踏み越えたら終わりだよ」
他愛無い会話の中での質問に
先程までの笑顔を消して、
少し困った様な表情で彼女はそう言った。
私は困惑しながらも謝罪する。
私にとっては他愛無い雑談の、
話題作り程度の物だったが、
それが彼女の触れてはいけない物に
触れてしまったのかもしれない。
私が謝罪すると、彼女は申し訳そうな顔をして。
「すまない、君が悪いわけでは無いんだ、
ただなんと言えば良いのか……」
彼女は両手の指先同士を着けて、
少し考える様に下を向く。
僅かな沈黙の後、彼女は私に向き直り続ける。
「それに答える事は私にとってはとても簡単なことなんだ」
彼女は躊躇う様に続ける。
「ただ、それに答えればきっと君は今まで通りに私と接してくれなくなるだろう」
「だから、それに答えたら」
彼女は飲みかけの珈琲を飲み干す。
珈琲の香りに彼女の淡いシトラスの匂いが混ざって香った。
「きっと、終わってしまうんだ」
何が?と思った、私の疑問に答えるように。
「君と私の関係が」
彼女は珍しく逡巡し、髪を弄りながら。
「それが少し怖い」
顔を少し紅潮させた彼女は言い訳の様に時計を見て。
「すまない、用事があるのを忘れてた。
後でまた連絡するよ」
私の返事を待たずに彼女は逃げるように急いで席を立つ。
去る背を見送りながら私はまたねとその背中に投げかける。
甲高い音で鳴るドアの鈴の音を聞いた後、
私は珈琲を飲みながら、次も同じ事を聞こうと思った。
きっと私と一緒だから。
#もっと知りたい
吐き気を伴う二日酔いの朝は、
この世を呪うに相応しい朝だ。
責め立てるように鳴るアラームは、
頭痛の脈とよく似ていて、
酷く不愉快に思えた。
背広を着ながら思う、
君が望んだ明日なんてこんなもんだったよ、
こんな毎日がずっと続くだけだよ。
働いて、酒を呑んで、倒れる様に眠るだけ。
そんなのが終わるまで続くだけ。
そんなものだったよ。
続くのは終わらせられないからでしかなくて、
そこに私の意志はなくて、
ただ漠然と流れて行くだけだったんだよ。
けど、それを続けるよ。
君の望んでたやり方ではなかっただろうけど。
ただ、それを続けるよ。
それが君の祈りだったから。
君の最後の祈りだったから。
ただ続けるよ、終わるまでは。
#大好きな君に
秒針は忙しなく、カチコチと音を鳴らして、
何かに責め立てられるように、分針を追い越して。
何をそんなに急ぐのか、
別に怒りはしないのに。
お前がそんなに正しいから、
遅刻の言い訳も出来やしない。
時には急がず、立ち止まったら良いのに。
立ち止まって見えるものも、きっと有るから。
秒針はカチコチと規則正しく回り続ける。
そろそろ家を出ないとな。
時計は8時半を示して。
まだ回るなら良いけど、
止まっても捨てやしないよ。
遅れても俺が進めてやるから、
時には休んでも良いよ。
ドアを開ける、
後ろからは変わらず、カチコチと音が聞こえた。
#時計の針
珈琲とトーストの焼ける匂いで目覚める朝、
開いたカーテンからは春の陽射しと柔らかい風。
リビングからは人の気配、
私は彼女が朝の支度をしているのだと足音で察して、
起き上がろうとするが、鈍重な頭に暖かさは心地よく。
私はまどろみに身を任せて、夢に帰ろうとする。
ドアを開ける音がする、起こす声がする。
起きようかと思えども、頭は重く、声が遠くなっていく。
瞼を開ける。
暗がりの部屋は夜を示して。
冬の夜は冷たさを貼り付けたように冷たい。
足音は聞こえず、静寂が支配していて、
心臓の音が小さく響いた。
私はまどろみに身を任せて、夢に帰ろうとする。
鈍重なはずの頭は嫌に冴えて、それを拒んだ。
#こんな夢を見た