入木

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「そこを踏み越えたら終わりだよ」
他愛無い会話の中での質問に
先程までの笑顔を消して、
少し困った様な表情で彼女はそう言った。
私は困惑しながらも謝罪する。
私にとっては他愛無い雑談の、
話題作り程度の物だったが、
それが彼女の触れてはいけない物に
触れてしまったのかもしれない。
私が謝罪すると、彼女は申し訳そうな顔をして。
「すまない、君が悪いわけでは無いんだ、
ただなんと言えば良いのか……」
彼女は両手の指先同士を着けて、
少し考える様に下を向く。
僅かな沈黙の後、彼女は私に向き直り続ける。
「それに答える事は私にとってはとても簡単なことなんだ」
彼女は躊躇う様に続ける。
「ただ、それに答えればきっと君は今まで通りに私と接してくれなくなるだろう」
「だから、それに答えたら」
彼女は飲みかけの珈琲を飲み干す。
珈琲の香りに彼女の淡いシトラスの匂いが混ざって香った。
「きっと、終わってしまうんだ」
何が?と思った、私の疑問に答えるように。
「君と私の関係が」
彼女は珍しく逡巡し、髪を弄りながら。
「それが少し怖い」
顔を少し紅潮させた彼女は言い訳の様に時計を見て。
「すまない、用事があるのを忘れてた。
後でまた連絡するよ」
私の返事を待たずに彼女は逃げるように急いで席を立つ。
去る背を見送りながら私はまたねとその背中に投げかける。
甲高い音で鳴るドアの鈴の音を聞いた後、
私は珈琲を飲みながら、次も同じ事を聞こうと思った。
きっと私と一緒だから。

#もっと知りたい

3/12/2023, 2:44:44 PM