入木

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11/23/2025, 6:16:20 PM

冬の匂いは乾いた香木に似て、
喉の奥に粘り、へばり付いた。
腰掛けた板張りの椅子は固く冷たい。
主の像を見上げる。
偶像の哀れむ目を見つめる。
「祈るのはもうやめたの?」
乾いた声が後ろから聴こえる。
ヒールが石の床を叩く甲高い音に、
私は振り返らず、頭を垂れた。
「彼は救ってくれなかったわね」
感情のない、空っぽの声で言った。
「それにも意味があったって言うつもり?」
責めるわけではなく、ただの問い、
何も知らぬ子供が親に聞くように、
答えの無い問いの答えを求める様に、
私はより深く頭を垂れる。
それのみが答えであると。
それ以外には答えは持ち得ないから。
彼女は哀れんだ目で、
「手放した物だけが美しく思える物ね」
偶像と同じ目をしていた。

#手放した時間

11/7/2025, 2:58:05 PM

焚火の弾ける音が響いて、
夜の闇に溶けた頃に、
「人類が火を使い出したのは180万年前らしいよ」
長い黒髪を後ろに縛った女が喋る。
「火の無い夜は怖かっただろうね」
焚火に赤く照らされた顔で薄く笑いながら。
火バサミをカチカチと鳴らす。
「もしかしたら怖くなかったのかもだけど」
一つ薪を焚べる、じわじわと端から黒く焼けていく。
「日の暖かさを知っていたから、きっと怖かったんだろうね」
周りからは鈴虫の音が秋の風に揺れて聞こえる。
「もし、明かりが一つもない世界だったらどうだったんだろうね?」
ばちりと薪が弾けて、火の粉が舞った。
「月も、太陽も、火も、蛍もいなくて」
「夜の闇しかなかったらどうだっんだろうね」
火の粉は少し宙を泳いで、空の星と重なった。
「もし明かりのない世界でも、
 それでも闇は怖い物になり得たのかね」
彼女は暖を取るように火に手をかざして、
「明かりがあったから、闇は怖くなったのかな」
暖かな細い指で私の頬をなでた。
「どう思う?」
仄かに煤けた灰の匂いがした。

#灯火を囲んで

11/6/2025, 10:28:15 PM

夏が終わり、秋も過ぎて。
疲れ果てて、振り返れど。
枯れ葉にて道は途絶えて。

先を見れど、遠き面影。
道半ばにて、立ち竦んだ。

時期に冬も来るか。
雪に埋もれるでも待つか。
春でも待とうか。
それにも飽きたか。

#冬支度

11/5/2025, 3:06:13 PM

傷は既に癒えて。
跡も無く消えて。
記憶も遠く、残る物もいない。

友は遠く離れて。
愛は朝に消えた。
冬空は曇り、枯れた風の香り。

底に残る物を教えて、幸福の残り香。
そこにある物を教えて、愛情の残熱。
変わらない物を教えて、     。
流されない物を教えて、     。

それがないなら。
それもそうだね。
しょうがないね。
なら一つ叶えて。

#時を止めて

11/4/2025, 2:25:49 PM

遠ざかる音を聞いていた。
銀杏の枯葉を踏む音を
思わず伸ばした手は、
彼女の細い腕を掴んだ。
容易く折れてしまいそうな、
皮と骨だけの掴まれた腕を彼女は上げて、
「これは何のつもり?」
と酷く不快そうな顔で私に言った。
理由など無かった、
ただ、伸ばさなければ、
ただ、掴まなければ、
ここに踏みとどまらせなければ、
二度とは会えない気がして、
咄嗟に手を伸ばした。
繋ぎ止めるように、縛るように。
「ふざけないで」
端正な、青白い顔を顰めさせて、
「私は私の物よ、他の誰でもない、
ただ私だけのもの」
怒りに満ちた声はそれでもか細く、
体の弱りを露呈して、
「どうするかは私が決める、
私だけの意思で、私だけの理由で、
私だけの価値で、私だけの行動で」
それでも、それは強さに満ちて。
私の楔など引き千切る程度には。
「私は私だけの為に生きるの、
だから散り方も私が決める」
放たれた彼女は枯葉を踏んで、去っていく。
楽しげに不安定なダンスの様に。
「始まりは選べなかった、育ちは選べなかった、
習い事も、趣味も、勉強も、友達も、恋人も」
くるりと振り向いて彼女は、
「でも、最後だけは私のものだ」
せいせいとした顔で笑った。

#キンモクセイ

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