入木

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焚火の弾ける音が響いて、
夜の闇に溶けた頃に、
「人類が火を使い出したのは180万年前らしいよ」
長い黒髪を後ろに縛った女が喋る。
「火の無い夜は怖かっただろうね」
焚火に赤く照らされた顔で薄く笑いながら。
火バサミをカチカチと鳴らす。
「もしかしたら怖くなかったのかもだけど」
一つ薪を焚べる、じわじわと端から黒く焼けていく。
「日の暖かさを知っていたから、きっと怖かったんだろうね」
周りからは鈴虫の音が秋の風に揺れて聞こえる。
「もし、明かりが一つもない世界だったらどうだったんだろうね?」
ばちりと薪が弾けて、火の粉が舞った。
「月も、太陽も、火も、蛍もいなくて」
「夜の闇しかなかったらどうだっんだろうね」
火の粉は少し宙を泳いで、空の星と重なった。
「もし明かりのない世界でも、
 それでも闇は怖い物になり得たのかね」
彼女は暖を取るように火に手をかざして、
「明かりがあったから、闇は怖くなったのかな」
暖かな細い指で私の頬をなでた。
「どう思う?」
仄かに煤けた灰の匂いがした。

#灯火を囲んで

11/7/2025, 2:58:05 PM