ありがとう
お前たちは何度、絶望を味わえば足掻くことを止める?
お前たちは幾度、自分の無力さを味わえば、手を止める?
そんな、科学者の問いかけに、私は答えた。
「ねえ。私たちはただ、幸せになりたい。そのために足掻いて、手を動かして、自分の道を切り開くの」
馬鹿馬鹿しい、と科学者は嘲笑う。
「まるで、蟻だな。悪魔よ」
ふと、私は笑む。
「……そう、だよね。私たちは、人間にはなれない。……でも!」
その、刹那。
パァッと、何かが弾けた。
それは、目を殺られるような、眩しい光だった。
その音と光に、科学者たちが怯むその時に。
「私たち」小さな悪魔は飛びだす。
──外を、目指して。
「待て! お前たちだけで、どうこの世界を生きれるというのだ!」
そんなの、わからない。
けれど、進まなければ私たちに待ち受けるのは「只の死」だ。なら、1歩だとしても。
自分の道を、私たちは歩きたい!
それがたとえ、ありのような1歩でも。
自分で、この眼で、この足で。
この、大きな世界を、見たかったんだ。
──本当に、大きな世界だ。
私は初めてのはずの太陽の光を、この目に写そうとした。けれど。
「太陽を直接見るのは、危険だってさ」
先ほどの、弾けたはずの光が、ひとの形でとなりにいた。
──それは、世界のなかの、不思議の存在。人間はそれを「天使」と呼んでいるらしい。
対して私は誰か。
──真っ黒の翼の、ひとの形の体。
科学者たちは「悪魔」と呼んできていた。
近くには、この天使以外の影がない。仲間たちはみんな、散り散りになったのかもしれない。
さて、と。
「仲間を探さなくては」
そこまで考えて、ふと思う。
「なぜ、あなたは協力してくれたの?」
「……うん。なんでだと思う?」
キョトンとした顔ののち、質問に質問で返され、言葉に迷う。
──?
『どうして、君は助けてくれたの?』
『だって、私は』
──?
なにか、私は「忘れている」気がする。
この天使に関する、何かを。
「いいんだ。忘れていても」
「え?」
「本来、悪魔が天使を助けるのも、天使が悪魔を助けるのも、この世界にとっては【タブー】に近い。だから君は、記憶を封印されたんだ」
「……?」
ますます、分からない。
困惑している私に、天使は言う。
「これは、ずーっと前の、恩返しだから」
そう言い、「彼」は微笑んだ。
なにか、見たことがあるような、柔らかな笑顔で。
その時、一陣の風のなか、彼は言った。
──ありがとう。あの日あの時、僕らを助けてくれて。
ほんの一瞬、私が瞬きしたその一瞬で、彼は消えた。
痕になったのは、意味の分からない涙と、忘れていたはずの、あの少年の微笑みの記憶。
──これは、悪魔の少女が天使たちを助け、天使の青年が人間から悪魔たちを助けたという、なんてことのない、おとぎ話。
風に乗って
ねえ、ひとは死んだら風になる。
そう言ったひとの言葉は、本当かな。
今はただ、「君の死」が恐いんだ。
風に乗って、それか風に成って、僕のところへ来てくれる?
そんなの。全然嬉しくない。
もっと、一緒に色んなものを見て、知って、聞いて。
もっと。君ともっと、一緒に在りたいんだよ。
だって、僕が「風に成ろう」とした、あの日。
君は現れた。
そして、僕の生を、求めてくれた。
だから、ねえ。
なんで、君に先を越されなくちゃいけないかな。
そして、君は言った。
「追いかけたら、追い返すから」
なんで、苦しいはずの君に見破られちゃうかな。
やっぱり僕は、まだまだだ。
せめて、君が「風に成る」までの少ない時を。僕だけが、独占できたらいいのに。
君って、いつもずるいよね。
でも、やっぱりね。そんな君が。
「大好きなんだ」
無色の世界
「無色の世界」とは、どんなものだろうか。
なーんて、ちょっと小難しく考えてたらダメよ。
無色。色のない世界。何もない世界。
すなわち、眼が機能していない、視界。
なんて、きっと私たち「有色の世界側」、つまりは目が見える側には、分からないもの。きっとね。
だって、そうでしょう。
無は有に成れず。有は無に慣れず、よ。
だからこそ。
無は無を制せる。
つまり、無を受け入れることで、無である自分を、解るの。
そして、有も又、無を解れば、共に在れるの。
一応、それなりに簡単に言うとね。
目が見えないひとは、ほぼ目が見えるようにはなれない。
目が見えてたひとは、いきなり目が見えなくなることを、すぐには受け入れられないことが多い。
でも。
目が見えないことを、良しとすることで、自分のことが理解出来る。
自分の身体を、初めて本当に理解することで、見えない自分を、そのままで有ろうと思える。
そして。
目が見えるひとでも、理解し、尚且つ望めば、見えない目に寄り添うことも、きっと出来る。
……まあ、この話はね。あなたがもっと大きくなったら、お父さんに聞いてみるといいわ。
ふふ、仏頂面で、今とおんなじように答えてくれるはずよ。
なんてったって、私たち二人の考案のものだから、ね。
神さまへ
なんで、俺はこんな身体なんだ。
俺は嘆いた。
「あなたの体が、生きたいと言ってたからよ」
医者はそう言った。
そんなはずはない。こんな、全身包帯で巻かれた、こんな焼けた身体が。
「……勘違いするんじゃないよ。言ったのはあんたじゃない。あんたの体の、細胞だよ」
なんだって?
「あんたらはね、産まれるまえから、生きることに貪欲なんだ」
馬鹿なことを。
「あんたが、どんな悪党かなんて、あたしら医者には、全く関係ないことなんだ。まったくね」
なら、俺はまだまだ、この痛みと向き合わなくてはならないのか。
「……まあ、この火傷は。あんたが殺した人間からの恨み、或いは神さまからの天罰。とでも思うんだね」
そう、その医者は言った。
そうか。それなら納得できる。
しかし何故、俺は喋っていないのに、会話になっているんだ?
「そんなの」
ふっと、視界から医者が見えなくなった。
……いや。正しくは、視界がなくなったのだ。
「ここが、神さまのいる場所へ魂を送るか、地上へ返すかの、選定の場だからね」
「あんたは、体が生きようとしている。加えて殺人犯は、地上にて人間らしい裁きを受けないと、ね」
その医者は、最後にそう言って、俺の焼けただれた身体に触れて、わざと痛みを与えた。
ああ、そうか。
「神さま」はどうあっても、俺を生かしたいらしい。
その記憶は。
地上へと返された俺には、残らなかった。
何一つ、全く。
神さまよう、これで満足か?
言葉にできない
どう考えたらいいんだろう。
ひとから言われた。
「悩み、なさそうでいいよね」
えぇ……?
そう見えるの?
言わないだけで、悩みだらけよ。
だって、一つの言葉にしちゃったら、そこで「固定」されちゃうでしょう?
ひとは大抵、よほどでない限り「長所と短所」がある。
例えば
「あの子、ウザい」
と一言言えば、きっと周りは
「あ、あの子のこと嫌いなんだな」
と解釈される。
でもよく聞いて。
「あの子「いつでも元気なのマネ出来ないから」ウザい」
だったら?
一つは肯定して、一つは否定している。
矛盾だと、言われてしまうかもしれないけれど。
元来。人間の感情は「矛盾だらけ」だと思うの。
でも、それは周りを困惑させる。
だから私は、あまりオーバーには感情を言い過ぎないようにしてるの。
不確かなことは、言葉にできないだけで。
これでも、実はいろいろ考えてるんだからね。