春爛漫
いつも思うの。
あなたたちはどうしてこんなにも、わたしたちに心惹かれてるのかしらって。
「開花宣言」
どうして「花が開く」の、そのままの意味の宣言を、いつかいつかと、待ちわびているのかしら。
イヤね、昔はカメラのシャッターだったのが、今はただの眩しい光をかざす長四角の……そう。「スマホ」の穴ばかりが、わたしたちに向けられているじゃない。
昔の方がまだ、わたしたちを眺める人の顔が見えていたわ。
その、うっとりと綻んだ顔を見つめるのが、わたしたち草花の楽しみなのに。
今はよく見えないわ。
ねえ。もっと間近で、わたしを見て。
キラキラしてる人間の眼、わたしは嫌いじゃないのよ。
ほら、今わたし、あなたの前で少し花びらの開きを大きくしてみたの。
──どう? 綺麗に見えているかしら?
その、ただの人の眼で、よぉく見てごらんなさいな。
春だけの、わたしたちの一瞬を。
これからも、ずっと
出来ることなら、ずっとそばにいたかったな。
どうしてこんなに、ボクとキミは、生きる長さが違うんだろう。
キミは泣きながら、でも一生懸命笑って、ボクに言ってくれる。
「ポチ、ありがとうね」
ごめんね。ずっとそばで、一緒に生きれなくて。
でもね。あのね。
キミのこと、ボクはずぅっと、これからも見守っていくよ。
もし、新しい家族を迎えても、何も文句はないよ。
それでキミが笑ってくれるなら。
でもね、お願い。
たまには、ボクを思い出して、みんなで笑って?
キミたちが笑ってくれるから、ボクは此処に来れて、家族になれて。
なによりも、幸せだったよ。
これからも、幸せだよ。
沈む夕日
一人、海に向かう。
夕日が、そろそろ沈む頃だ。
カモメか? なにかが鳴いている。
妻は、海が好きだった。
私も妻の元へいこう。
それしか考えず、歩いて、歩いて。
ちょうど半分海に飲まれたあたり。
「──パパ!!」
溺れそうになりながら、小さな体が張り付いてきた。
ふと、我にかえる。
それは娘だった。
カモメではなく、娘の叫び声だった。
泣いているのは、私と妻の、たったひとりの娘だった。
小さな手で、一生懸命私にしがみついている。
ぶるぶると震えながら、私を死の海から取り戻さんと叫び、泣いていた。
──ああ、私は馬鹿だ。大馬鹿だ。
妻の遺した。いや。
私は、この子を遺して、妻のもとへ逝こうなんて。
なんてことをしようとしていたんだろう。
「──悪かった。家に帰って、風呂に入って。それからご飯にしよう」
娘の手を、握った。
ずぶ濡れの娘と、同じくずぶ濡れの自分の手を繋ぎ、家路へと道を歩いた。
──もう、大丈夫だ。
星空の下で
「……約束、したもんね」
どこか悲しげな笑みとともに、少女は呟く。
「ごめんね。でも、ありがとう」
少年は、生気のない顔色で、しかし満足げに言葉を紡ぐ。
──この世界からサヨナラのときは、星空の下がいい。
それは、二人が出逢ったときに交した約束。
その時すぐ、死への道を進もうとした少年に、少女は言ったのだ。
──いつか満点の星空の下、貴方にとっての最高のサヨナラをしよう。
本当は、もっと生きてほしかった。
しかし、世界は無情だ。
少年が、ゆっくりと眼を閉じる。
そのまま彼は、世界で一番満足な「死」を迎えた。
少女の涙は。
星空だけが、見ていたのだった。
それでいい
なあ、どうしてなんだろう。
「なんで、あんたが泣くんだよ」
そう言いながら、俺は彼女の涙を拭う。
「だって! ……あんなに馬鹿にされてんのよ! あなたこそ、なんでそんなに平然としていられるの!?」
まあ、こちらの落ち度でなくて、逆恨みみたいなもんだ。自分はなにもしていない。
つまり、ただの濡れ衣だ。それ以外の何ものでもない。
しかし俺はいかんせん、感情が出にくい。
「あんたが、そこまで泣くことか?」
「悪い!?」
どうしてなんだろう。
彼女の泣く姿を見ていると、それだけでもう、充分に思える。
俺とは正反対の、とても、涙脆い小娘。
だから、なぜだか。
「……あんたは、それでいいよ」
ふと、怒られると思うのに、笑みがこぼれる。
俺の分まで、あんたは泣いてくれる。
そしてきっと、それを見て、その涙に触れて、俺は救われる。
今は、それで充分だ。