それでいい
なあ、どうしてなんだろう。
「なんで、あんたが泣くんだよ」
そう言いながら、俺は彼女の涙を拭う。
「だって! ……あんなに馬鹿にされてんのよ! あなたこそ、なんでそんなに平然としていられるの!?」
まあ、こちらの落ち度でなくて、逆恨みみたいなもんだ。自分はなにもしていない。
つまり、ただの濡れ衣だ。それ以外の何ものでもない。
しかし俺はいかんせん、感情が出にくい。
「あんたが、そこまで泣くことか?」
「悪い!?」
どうしてなんだろう。
彼女の泣く姿を見ていると、それだけでもう、充分に思える。
俺とは正反対の、とても、涙脆い小娘。
だから、なぜだか。
「……あんたは、それでいいよ」
ふと、怒られると思うのに、笑みがこぼれる。
俺の分まで、あんたは泣いてくれる。
そしてきっと、それを見て、その涙に触れて、俺は救われる。
今は、それで充分だ。
1つだけ
「あの世へ逝く前に、1つだけ願いを叶えて差し上げましょう」
そう言い、黒い髪の、白い翼を持つ彼は、笑った。
この部屋にしか居場所のない、友もいない私は、願った。
「──なら、私と遊んで?」
「……は?」
彼は心底驚いたような顔をした、気がする。まあ、そうだろう。
「だって私、足がないでしょう? だから、この部屋からほとんど出たことがないの。誰かと遊んだことも、記憶にないんだもの」
「…………」
たぶん、こういうのを「絶句している」と表現するのだろう、たぶん。分からないけど。
……ところで、このひとは誰だろう?
とても長い間のあと、彼は言った。
「それは、僕にも分からないんだ」
「え?」
「僕は天使と悪魔の間の子、つまり禁忌の子だ。だから、誰かと遊んだこともない」
天使と悪魔。禁忌。
イマイチよく分からないけど。このひとは、自分と似ている、ということ?
だったら。
「あなたの名前、おしえて?」
「は?」
「こんなに長く、誰かと話したのはずいぶん久しぶりなの。だからもう、私は満足してるから。あなたの名前は、『あの世』でも忘れないから」
本心を言い、心からの笑みを浮かべた。なのに。
「…………」
あ、また絶句された?
「……僕は」
また、長い間のあとに、彼は言った。
「名乗るべき名前は、僕には与えられていない」
なら。
「だったら、一緒につくりましょう。あなたの名前を。──これが、私の願い」
そう言うと、彼はなんだか変な笑い方をした。こう、顔をクシャっと歪めて。
「どうして、そんなに優しいの」
だって、こんなにたくさんの顔を見せてくれたのはあなたが初めてだから。
悲しい顔より、笑った顔を見てから、サヨナラしたいじゃない。
そうして、創った彼の名を抱えて、私は眠りについた。
不思議なふしぎな、彼の名は──。
ハッピーエンド
あごに髭を生やした男は問う。
「なあ、役聞いたか?」
それに、白髪混じりの髪の、小太りの男は頷いた。
「おう。なんでも、俺らは盗賊役して、王子様に成敗されなけりゃならないらしいな」
「ったくよぅ。いっつも俺らみたいな中年は、なんでこうも悪役やらにゃあいけねえんだよ」
二人とも、大きなため息をしながら、ガクッと肩を落とした。
「まあ、次はもっといい役だといいな」
かたや、別のところでは。
「あ、ここ。盗賊から逃げるのに、走るシーンがあるわ」
きらびやかやドレスを纏った姫役の少女と、お付きの侍女役の少女。
「よく見て。ここ、演出で転ばないといけないって書かれてるわ」
「いいわよねえ王子は。成敗するだけで」
その会話に、不服げな王子役の青年が割り込む。
「むしろ、僕はそこしかやる事ないっていうのは、つまらないんだけど」
「え、姫とのロマンスは?」
「僕は、せっかくなら剣と魔法を扱いたいよ。こう、ババーンと! 今は恋愛の気分じゃないのになあ」
「自分勝手! ……って言いたいけど、分かるかも」
「ドレスにヒールで走るなんて、絶対靴擦れしそうよね」
「まあ、それがみんなの好きな、紆余曲折ありの、ハッピーエンドなんだよね」
ハッピーエンドも、楽じゃない。
見つめられると
アルバムを開くと、いつもそのなかの君は笑っていた。
時にとても、屈託なく。
時に、柔らかく。
それが、今の君は。
どうして、そんなにも怯えた眼をするようになってしまったのだろう。
じっと見つめると、まるで眼がカナシバリにでもなったかのように。
怯えてるくせに、そらさない。……いや、そらせないのか?
それこそ、蛇に睨まれた蛙のような。
どうしたら、君は笑えるようになるのだろうか。
そう思ったら、勝手に手が君の目尻に触れていた。
──ああ。頼むから、そんなに怯えないで。
ないものねだり
子どもの頃はよく、
「ふつうってどんなだろう」
とか思ってた。
周りの子は
「お姉ちゃんがほしかった」
「妹がいたらなあ」
なんて言うけど。
私には、いわゆる
「普通のきょうだい」がいない。
だから家ではいつも、ひとり遊びが大半。
トランプもなければ、サッカーボールもない。
代わりとなると、人形やぬいぐるみくらい。
その頃はきっと
「普通が欲しいか?」
なんて、聞いてくる人なんていなかったけど。
今聞かれても、私の答えは同じ。
「わからない」
なんとなく思う。
ふつうならふつうの。
こちらにはこちらの。
それぞれのねだり事があるのだろう。
そんなことを本気でねだっても、ただ虚しくなるだけで。
小学生には、なんと酷な願いか。
大人になっている今となっては。
現状を、わりかし受け入れている自分がいる。
とはいえ。
ふつうに恋焦がれ、家を離れる人も居る。
逆に、受け入れ、その道に進む人も居る。
どちらが善か悪かなんて、そんな単純な話ではない。
ないものねだりとは、とても贅沢な
「夢」だ。