フッた。たった今。
「やっぱり1人の方が気楽やから」とか最低の発言をしたオレに「解った」とだけ言うて立ち去るアイツはカッコ良かった。後ろ姿を独り見送る。晩秋の風が小さなつむじ風を描いた。
一目惚れをしたから付き合ってほしいって言われたんは、確か半年くらい前。今付き合ってる人おらへんし別にええかなって軽い気持ちで付き合い始めたけど、それがアカンかった。いつでも一生懸命、何にでも真剣に向き合うアイツを見てたら、何事に対しても中途半端にしか生きてこうへんかったオレは、どんどん惨めったらしい気持ちになっていった。こんなオレの何がええんか解らへん、ずっとそう思てた。腐った根性の自分を目の当たりにするのが嫌で、アイツに別れを告げた。どこまでも最低な男やっちゅう自覚はある。
下を向いたまま当てもなく歩いた。しばらく行くと海沿いの道に出た。そのままさらに歩き続けた。辺りはどんどん暗くなる。
電車の駅の前で、カップルが別れを惜しんでいた。「またね」と言う声で気付いた。そうか、オレにはもう "また" は無いんや。あんなにオレを想ってくれたのに、あんなにオレを大事にしてくれたのに、あんなにオレを…!
気付いたら、駅前で独りで滂沱の涙を流していた。それが何に対する涙かは解らなかったけど、泣き続けた。周りから奇異の目で見られることも厭わず、ただただ泣き続けた。
これで恋は完全に終わった。
―――色恋沙汰 [弱い男]
#71【大事にしたい】【秋恋】
フラレた。たった今。
誕生日を目前に控えた晩秋の夕暮れ、付き合って半年の男に「やっぱり1人の方が気楽やから」っていうしょーもない理由でフラレた。ドッキリであって欲しかった。でもそういうことをせえへんタイプやってことは百も承知。完全に終わった。終了。The End.
「解った」短くそれだけ伝えると、踵を返してその場を後にした。コインパーキングで車に乗り込むと、どっと涙が溢れた。
元々コッチの一目惚れで始まった恋愛やし、アッチに気が無いことは解ってたし。でも好きやったから色々頑張ってみたけど、結局アッチの心を掴むことは出来んかった、ただそれだけのことやん。いやいや、何がそれだけなんや?何でコッチばっかり頑張る必要があったんや?お前も頑張らんかい!時間と気持ち返せ!などと、情緒不安定気味に車内で独り大声で喚き散らしていると、通行人の視線がコッチに向いていることに気付き、慌てて発車させた。
家に帰る気分になれず、そのままドライブすることにした。街を出て、田舎を抜け、山道をどこまでも走って行った。しばらく走ると "山上展望台" の看板が見えた。駐車場に停める。休憩がてら展望台へ行ってみると、右も左もカップルだらけ。しまったと思ったが、このまま帰るのも癪なので、カップルを全無視して展望台から夜景を見てやった。
キレイな夜景が見えた。本当ならアイツと見てたかも、と感傷に浸っていると、隣のカップルの女が「めっちゃキレーイ。このまま時間が止まったらええのに♡」と言っているのが聞こえて我に返った。何が、時間が止まったらええのに♡や!コチトラ惚れた男にフラレて満身創痍やっつーの!心の傷には日にち薬が1番なんや、時間なんか止まったらいつまで経っても回復せえへんやないか!内心で喚き散らして、ふと気付いた。これだけ文句が言えるんやったら、上等や。よっしゃ、帰りにホールでケーキ買って、帰って1人で食い尽くしたるわ!
そして、ふん!と鼻をひと鳴らしして車に戻り、爆音で音楽を鳴らしながら下山した。
―――色恋沙汰 [強い女]
#70【夜景】【時間よ止まれ】
ここは何処だろう
辺りは明るい
空間全体が柔らかな金色に包まれている
暑くも寒くもない
足元を見ると一面の花畑
白い花たちが光を浴びて柔らかな金色に光る
もしかして死んだのか?
そう思い至ったが如何せん記憶が無い
少々困ったが致し方無いので歩くことにした
花畑に寝転がるという選択肢もあった
だが歩かなければならない気がしたので歩くことにした
歩き始めてはみたものの何の変化も無い
歩けども歩けどもずっと明るい空とずっと輝く花畑が続く
どこまで歩くか悩み始めたその時
突然
花畑が途切れた
途切れたという言い方は正しくない
さっきまで見えていた花畑が消えたのだ
歩みを止め振り返るとそこにはちゃんと花畑がある
さて何が起きたのか
何が起ころうとしているのか
しばらくその場に佇んでいると雨が降り出した
柔らかな金色の光を浴びて黄金色に輝く雫が降り注ぐ
すると虹が架かった
丁度足元から空へ吸い込まれるように上へのびる虹の橋
これを渡ったら完全に生が終わる
そう思うと虹の橋を渡ることが躊躇われた
ふと花畑が途切れた先を見るともう1本の虹の橋が見えた
丁度足元から深淵へ吸い込まれるように下へのびる虹の橋
水面も無いのにまるで反射しているかのような2本の橋
何となく下から呼ばれているような気がした
好奇心が勝った
どうせ生が尽きるならと腹を決め下の橋へ歩を進めた
―――死神洞窟ツアー [序]
#69【空が泣く】【花畑】
暗い通路の角を曲がると、視線の先が明るい。次の課に着いたようだ。
足を踏み入れると、ここも色々な形をした蝋燭で埋め尽くされている。ただ、イヌとネコが多い気がする。もしかしてペット課?とつぶやくと、「惜しい。ここは愛玩動物課です」と上から声がした。驚いて声のした方を見ると、黒いローブを纏ったの死神が梯子から降りている最中だった。「驚かせてすみません。うちの備品庫、なぜかロフト式で」そう言いながら梯子を降りきった死神が振り向くと、面はキリンだった。ここの皆さんは動物の面ですか?と訊くと、「そうです。私はキリンですが、他にも色々いますよ。ライオンとかウシとか、フクロウなんかもいます」そう教えてくれた。
「ご案内しましょう」そう言いながら歩き始めた死神について行く。辺りを見回すと、やはりイヌとネコが多い。ただ中にはリクガメやモモンガ、文鳥やコイなどが見え、ペットも多岐に渡るんだな、と感心していると「近頃は愛玩動物も色々いますねぇ」と死神が同じようなことを言うので少し笑った。「昔はほとんどイヌかネコ、魚ならコイか金魚くらいなものでしたけどねぇ」昔とは、一体どれくらい前を指しているのか、この死神はいつからいるのか、そしてはたして死神に寿命はあるのか。そんな考えたちが頭の中に次々と浮かんでは消えた。
突然、目の前のネコの蝋燭が消えた。驚いていると「それは、寿命より前に唐突に命を奪われた時に起こる現象です。」と死神が静かに言う。唐突にということは、事故とか?と訊くと、「そうですね。事故も有り得ます。そして殺害の場合も」息を呑んだ。そうか、殺害は確かに唐突だ。そしてこのことにより、記憶の蓋が開いた。
中学の時の同級生が、卒業の数年後に小動物虐待の容疑で逮捕された。卒業後も、同級生数人で遊びに行ったりオンラインゲームをしたりする仲だった。その逮捕の数時間前、グループLINEに「みんな、こんなオレでゴメン」というメッセージをあげたきり、アイツは俺たちの前からいなくなった。何がアイツをそうしたのか、みんなで話してみたが、結局何も解らなかった。当時、その事件はかなり騒ぎになったが、程無く世間は日々に忙殺され忘れてしまったようだった。斯く言う自分も、記憶に蓋をしていたのだから、同じ穴の狢だ。あれ以降、他の仲間たちと会う機会もなくなってしまった。
「大丈夫ですか?」声をかけられ我に返った。黙って思考を巡らせていたせいで、心配をかけてしまった。大丈夫です、すみません。と答え、また歩を進めた。
消えていくネコの蝋燭を見ながら、ここにある蝋燭の数だけこの世界には命がある、そんな当たり前のことをもう一度噛み締めた。
―――死神洞窟ツアー [愛玩動物課篇]
#68【命が燃え尽きるまで】【君からのLINE】
1日に2回来る、明るいとも暗いともつかないほんのひと時。それに妙に心惹かれている。いやこれはもう完全にお気に入りと言っても過言ではない。
ただ、気に入っているのだが、同時に居心地の悪さも感じる。明るいのか暗いのか解らず戸惑いから抜け出せない。目に映ったものを、脳が上手く処理しきれていないからだと思っている。
似たような感覚を知っている。
恋をした時だ。一目惚れではなく、お互いを知った上での恋でもなく、思ってもいないような形で落ちてしまう恋。自分の気持ちなのに、自分でコントロール出来ないあの感覚。居心地が悪くて、でも嫌いではなくて。理性ではなくて本能がなす技だと思っている。
誰にも言ったことのない私だけの感覚、私だけのお気に入り。
―――私のお気に入り
#67【本気の恋】【夜明け前】